小説

『カメトオトヒメ』志田マイ(『浦島太郎』)

「気づいていたくせに」
「本当に気づかなかったんだ、君は女性だと、」
「それじゃない」
 乙姫は俺をゆっくりと追い詰める。そして、その長い腕で俺の身体を引き寄せた。温かくて柔らかな乙姫とは裏腹に、俺の身体は硬直し、みるみるうちに肌が紅く染まっていった。鼓動が早くなり、押し返すこともできない。
「女だったらどうしたの」乙姫が言った。
「写真を撮りたかった。寝ている姿があまりにも美しいから、海に映えると思ったんだ」
「それで、男だとわかってどうしたの」
 その美しく逞しい背に、俺は震える腕を回した。腰は細く、冷たかった。しかし、硬く張りのあるその肌は男のそれだった。背丈も然程変わらないことに気づき、苦笑した。
 乙姫を撮ることはできない。そこには美しさではなく欲が写りこんでしまうだろう。
 俺は薬指から指輪を外し、暗闇に放り投げた。カチンと音がした。カメラにぶつかったようだ。亀も乙姫も人の世では生きていけない。所詮、彼らは竜宮城で生きていくしかないのだ。
「あなたが浦島太郎じゃなくて良かった。浦島太郎と乙姫は住む世界が違うから。亀なら、一緒に竜宮城まで帰られる」
 そして、二人は仲良く夜の海に溶けていった。竜宮城は誰にも見えない海の底で今日も宴を開いている。

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