小説

『カメトオトヒメ』志田マイ(『浦島太郎』)

 俺はベッドに横たわる乙姫を裸に剥いた。それは、予想を超えるものだった。肌は真珠のように白く滑らかで、骨ばった鎖骨や肋骨はまるで珊瑚のよう。そして、胸に膨らみはなく、外腹斜筋の筋が下半身へと流れていた。その先にあるものは、俺と同じそれだった。

 乙姫の本来の姿に驚き、寝巻きに裸足のまま俺は海岸に向かって駆け出していた。外が寒いことすら気にならなかった。
 鉄紺の空には月だけがぽかりと浮かんでいた。空と海の境界線は曖昧になり、互いに溶け込んでいる。低く唸るような波の音が海岸に響いていた。俺は息を切らしたまま、海に向かって大声で叫んだ。乙姫は美しかった。しかし、玉手箱を開け、自分と同じそれを見たとき、それは美しいだけではなくなった。それが恐ろしかった。
 俺は砂浜に座り込んだ。左手につけられた指輪がきらきら輝いていた。俺は妻の言葉を思い出していた。あの部屋は男の匂いがするのだ。
「撮る?」
 後ろから声がした。乙姫だった。
 乙姫は砂浜をゆったりと歩き、俺に近づいた。乙姫はカメラを持っていた。電話帳ほどの重さがあるそれを片手で軽く掴んでいる。
「撮れないよ」
「どうして?」
「怖いんだ」
「何が怖いの」
「写真には俺の心が表れるから」
 乙姫はカメラを放り投げた。俺には手を伸ばす気力もなかった。
「女だと思っていたの?」
「ワンピースを着ていたし」
「あれは趣味だよ。女の作るものは好き。でも、女は嫌い。だから勘当された。それで、竜宮城に帰ろうと思った」
「そこが君の帰る場所?」
「そうだよ、あなたもでしょう」
「俺は違う」
「嘘つき。じゃあ、どうして僕を拾ったの」
「助けなきゃと思って、それに、あまりにも美人だったから」
「僕が美人に見えたのは、僕が乙姫だからじゃない。男だからだよ」
 追いかけてきたその男はデニムパンツを穿き、素肌の上から白のカッターシャツを羽織っていた。昼に俺が着ていたそれである。シャツから覗くその肌は女のそれより薄く艶やかだった。男だとわかっていても、俺には乙姫にしか見えなかった。
「乙姫だって言った」
「オトヒメは、オトコヒメって意味だよ。お姫様みたいに優しく扱ってくれるから、そう言ったんだ」
 俺は乙姫から離れようと後ずさり、一歩、また一歩と海へ近づいた。足元に小波が押し寄せ、足先は冷たくなっていく。

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