小説

『カメトオトヒメ』志田マイ(『浦島太郎』)

 俺はカメラを抱えて海岸を歩いていた。砂浜を歩きながら波の音を聞く。仕事道具が詰まったリュックサックを背負い、時折立ち止まってはレンズ越しに海を眺めていた。
 空は少しずつ青に橙が混ざり、紺色に染まっていく時分である。絵の具を混ぜたような複雑な空の色とその境界を失いつつある海をなんとかして四角い世界に収めるべくシャッターを切るが、納得のいくものはなかなか撮れない。
 蝉の鳴く時期は過ぎ、海辺には冷たい風が吹く。夕方にもなると人はいなくなっていた。海水浴シーズンでも人気のない穴場である。波も穏やかでサーファーもいない。
 強い風が吹きぬけた。コートを部屋に置いてきてしまったことを後悔した。今日はもう部屋に戻ろう。風邪を引く。
 そのとき、目の端で黒い何かを捉えた。それは真っ黒のワンピースに羽衣のような薄紅色のストールを羽織っていた。長い手足を揺らし、とぼとぼと歩いている。遠くからでも人目を惹いた。俺はカメラを構えた。
 その人は肩まである黒髪を靡かせ、真っ直ぐに海へと向かっていた。そして、そのまま歩みを止めることなく、みるみるうちに海に溶けていった。
 俺はリュックとカメラを砂浜に放り出し、海に飛び込んだ。潮水で目も開けられない。手探りで海の中をもがき、布を掴んで引き上げた。ストールだった。それをずるずると引っ張り上げるとワンピース姿のその人も一緒についてきた。ストールがワンピースの肩紐に絡まっていたのである。俺は安堵して砂浜に座り込んだ。彼女は顔も上げず、砂浜に横になった。打ち上げられた海藻のようにぐったりとしている。
 俺は辺りを見回した。誰もいない。俺は濡れて重たくなった身体を起こし、再び彼女の身体を引っ張り上げた。潮の匂いがした。

「とりあえず、風呂に入ったほうがいいよ。あ、変な意味じゃないからね、本当に」
 そう言って俺はびしょ濡れのワンピースの背中を押した。手のひらに海水が染み込む。
 程無くして水音が響き、俺は溜め息を吐いた。
 リュックサックの中身を広げ、着替えになりそうなものを探す。リュックの中身の九割が仕事道具である。俺も今朝、着の身着のままここに来たところなのだ。何日滞在するかも決めていない。服は今着ているものと寝巻きにする予定の白のTシャツとハーフパンツ、そして、ベッドに放り投げられたトレンチコートしかなかった。白は不味いだろうと思い、俺はトレンチコートを広げてみた。着丈は膝まである。
「ちょっといいかな」
 シャワールームのドアをノックした。シャワーの音が止まる。
「着替え、ここに置いておくから。でも、俺も服を持ってきていなくて。下着は悪いけど自分のを着てもらえるかな。洗濯するのも、あれだし」
「あれって?」

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