小説

『天と地を求めるように宙を舞う指』もりまりこ(『蜘蛛の糸』)

 カンちゃんの青いリブ編みのセーターのあたりからは細い糸のようなものがくっついてる。
名残りみたいなもの。時々それに触れたくなるのだけれど、がまんする。
 その細い糸は、てらてらと光っている。
 でも他の人には見えなくて、それにつかまった人にしかみえないらしい。

 
 いつも継父に虐められていたから、ゴートゥザヘルって捨て詞言って、ただこらしめたい、とりあえず従属系のしがらみから抜け出したいだけだった。ののしって、関係にヒビをこしらえたかった。幼い頃からの継父との関係はだ
らだらと長すぎた。扶養されている身で、文句も言えなかったけれど、下手するとそれは、えっとなんだっけスカンジナビアじゃない、そうそうストックホルム症候群みたいになりそうで、あたしは怖かったのだ。ストックホルム症候群。よくアメリカのドラマなんかで長い間の監禁生活の中で語られる、なし崩しの現象のこと。これは同じ穴の狢の人に教わった。監禁された人が監禁している人とのあいだで充足してしまうおそろしい、時間の病のようなもの。なのに、あの人の頬をあたしが不意打ちで殴ると、抗い方のバランスがくるって、継父はうっかりあの世に行ってしまった。
 と、思っていたらあの世に行ったのは、まったくもってあたしの方で。
 地獄の住人なんかになってしまった。のたうちまわるのかなって思ってたけれど、それはお坊さんを信じすぎ。三途の川や針の山、血の池火責め水攻めは
なかったけれど、ここが地獄だよっていう噂が、ここら中にバズっていてただただそれが不安の塊になって押し寄せていた。
 まだその頃はカンちゃんのことなんかもしらなかった。ただ、噂で聞いていたことがひとつだけ。
 いつかわからないけれど、ある日のことでございます。って感じで天井あたりからつつつと、一本の糸が垂れ下がる日がほんとうに、何年か一度あるらしい。
 いわゆるシャバでいうところの恩赦的な?
 みんなここにいるものは,気がつくと、上を向いている。
 今日その日がやってくるかもしれないと、鶴首して待ってるのだ。
<蜘蛛の糸の日>、つまりスパイダーズ・スレッドで<スパスレの日>、スパイダーシルクだから、<スパシルの日>とも呼ばれてる。
 あたしは個人的にはスパシルに一票いれておきたい気分。
 スパイダーシルク、女子はなにかというとシルクだからね。あたしが死んだ時もそういえば、シルクのパジャマだった。薄青い色、ブルームーン、プレミアリーグ、マンCのホームのユニフォーム色ですきだった。
 だから好きな物は汚されたくなかったのに、最期は継父の鼻から出た朱色が滲んでみっともないドット模様付きになってしまった。

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