小説

『天と地を求めるように宙を舞う指』もりまりこ(『蜘蛛の糸』)

 で、その<スパシルの日>は、かならずいつかはやってくるのだけれど、ただその日は激戦らしく、一本の糸で過去助かったのはある男の人だけだって知らされていた。地獄の門は狭き門で成り立っていた。女子はやっぱ腕力ないからね。でもあたしはちょっとだけ、下の世界に住んでた時は筋肉女子だったから、あわよくばって思ってた。
 筋肉女子になったのはいつか継父と戦うときのために、鍛えてた。
 腹筋にスクワット、カモイで懸垂なんてへっちゃらで趣味でレッグマジックのサークル状になってる脚が開脚するタイプとか。ダンベルばんばん上下させて。でも今思うとなんの役にも立たなかった。ほんとあれはなんだったんだっていうぐらいむなしい。努力は人を裏切らないってうそ。シャバのこと思い出す人は案外と、助からないらしい、これも噂だけど。しかしここは噂だらけだよ。地上の世界となんらかわらなくて、噂という名の情報で日々なりたっている。そんなあたしもただ、あまり今は体力に自信はない。手ごわいのは駆介くん。字の如く通称run、ランくん。
 戒名は憶えられなくてやっぱりシャバの名前しか知らないって。彼が下の世界で相当悪いことをしてきたらしいことは、風貌と視線の尖り方でわかるけど。ランくんはたぶん、<スパシルの日>にぶっちぎりだろうと予
感してる。

 こっちの世界に来て間もなく、あたしはランくんに呼ばれた。尖った空の月が彼の瞳の中に潜んでいるのかと思った。あなたってもしかして、思いがけずにやっちゃった系? って聞いてきた。声は以外としゃがれてなかった。よくそのQがわからないけれど、うん、やっちゃったって返事した。
 だって生きてる時から、学校時代を経てしがないちいさすぎる広告会社でコピーライターになってからも、いつだってやっちゃった感がぬぐえないままここまで来てしまったから、ある意味ちょっとだけせいせいしてるのかな。
 ちんけな広告会社<タッチとダッシュ>で通販のコピー書いていた。冬には夏の。夏には冬のアイテムを紹介する。
 太陽じりじりしてるときに、マフラーやボアのバッグやベロアのシューズを、よく観察して言葉をいじって商品の特徴をこしらえる。そしてその通販会社のサイトにあたしはチープで偽物っぽいそれたちにいたく感動したことを、指で綴る。自演だね。
 主婦になったり老女になったりОLになったりして、ことばを尽くした。
<つらい通勤電車の中でもこのタータンチェックのボアとフリンジをみて触れてると、今日も朝から一歩前にって気分になるんです>
 とか。あほらしい。一歩前って公衆トイレじゃん。
 サボを履いてる社長の風間の足取りが近づく。ふっとあたしの背後に立った。
 ずいぶんと前からいつかいっしょにって誘われてる。
 いつかいっしょに、しようって。いつかいっしょに死のうって。

1 2 3 4 5 6 7