小説

『天と地を求めるように宙を舞う指』もりまりこ(『蜘蛛の糸』)

「そう、俺、パルクールしながらいっつも逃げててん。これは発明やな人類の。で、俺ねさんざんあくどいことしたってたからいつかやられるんちゃうかって思ってた。で案の定パルクールの最中にね、オネェさんに撃たれた。彼女はポリの拳銃奪って追っかけて来てな、気づいたら銃口がこっちに向いてたん。ここはLAか? ネイビー犯罪捜査班かい? 思うたらここにいた」
 パルクール。
 壁や止まってる車を足掛かりにして、次々に走り去り飛び去り、あっというまにビルからビルへと障害物を登り乗り越えてゆくスポーツ。いつだったか、<網の目町>でそれを見かけた。壊れかけた神田ビル、一階はコリアンダーの匂いがしてるターバン巻いた男人の絵が描いてあるナンの店が入ってた。そのちっちゃなビルの屋上を足掛かりに跳んでる男の人がいた。はじめは、もしかして死のう系? って思ってたらその向かいのビルまでひとっ跳びした。そのビルはここもちっちゃい本屋と文房具店が1階にあって2階は酸素カプセルの部屋。3時ぐらいになるといっつもデイサービスの車が止まってて、その扉からちいさなおじいさんが、帰ってくる。
 その日もビルの下ではおじいさんが帰って来てて、<網の目町>、<一千一秒通り>では、ビルの上をその死のう系じゃなかった人が、跳んでた。見上げるよ、あたし。みんなにみつからないように仰いだ。
 ストライド広っ! なんていう疾走感。みんながみていませんように。あたしだけがみていますように。いつまでも終わってほしくないな、このグルーヴ感って思ったことを憶えている。いまのランくんのこの映像は、まるであの日
の再現みたいだった。もしかしてあれはランくんだったのかな? 後で聞いてみる。
 ただただ継父に扶養されていた幼いころから、いま成人してもこんな時代に速度と無縁に生きてきてしまったはずなのに、このパルクールに遭遇したあの時間はなんかきらきらしていた。水晶の如くだった。
 車窓から見える風景が、すこし遅く感じるとき、ついつい昨日のでたらめな言葉や行いなどが浮かんできたりして、心の底を覗いたような気分にくだってしまう。でも、かなりなかば暴れ気味に、樹々や民家の風景が去ってゆくときは、どこかすこしだけこれから起こりうる指先ひとつぶんぐらいの未来のことを思えたりする。
 未来。ここヘルは、ある意味未来とちゃうのって思いつつ。
 気づいたら駆介くんがあたしの眼の前で手をひらひらさせてた。
 気づいてるよ。さっきからランくんの手のひらひらの指の動きをみてるよ。
 だって<スパシルの日>にたぶん一抜けるのはランくんだから。忘れないように憶えておくの。
「いまもできるの?」
「なにがぁ」
「だから、パルクール」
「ここでか? しよう思っても高いもんとかないやん。ヘルな場所やいうても、でもシャバよりはある意味ぜんぶ高いところにあるしなっ」
 笑ってたら、その笑い声のきみって呼び出しをくらった。
 ここの監視のひと。監視のひとも死んでるんだけど、その顔がえ? うそっていうぐらいに継父に似てた。でもよくみるとちがって。ちがってよかったけれどそこであたしはシャバでの出来事をくまなく懺悔させられた。なんにちも
なんにちも。時間の感覚は失ってるから下手したら無間地獄、何年もかもしれない。
 ヘルなんだよ、ここは。なのに懺悔する意味がわからない。

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