小説

『腫れ物地獄と純粋めいた愛』あざらし白書(『笠地蔵』)

人生で一番とか二番とか、みんな、どうやって決めて生きているんだろう。
一番好きな食べ物はこれ。一番好きな場所はここ。一番好きなのはアイツ。そういう意思決定全部において、急に自分自身が信じられなくなって、途端に足場がグラグラとし始めた。

というのも、ある雪深くなった日のこと。僕はいつものように、いつもの仲間たちと、いつもの場所で、いつもの通りに突っ立っていた。
突っ立っていたという言葉は正しくない。僕らは道端に七体並び、七体みなが同じ方向をむいて、徒競走の走る順番を待つみたいな、一種のパラレルワールドに生きていた。それでいて、おなじ爺さんを待つという、おなじ仕事をしながら過ごしている。
もちろん、爺さんを待つこと自体は仕事の手段であって、目的ではない。突っ立っている途中で爺さんに笠帽子をかぶせて貰い、その御礼に夜な夜な豪勢な品を爺さんの家まで届ける。そこまでを終えれば任務は完了だ。もう、そんな生活が十年ほど続いている。簡単に聞こえるけど、決して楽な仕事ではない。僕らは、少なくとも僕は、命をかけて仕事をしている。
その日は、とにかく雪に吹かれに吹かれていた。はじめは、灰色の重たい雲から大粒の雪がチラホラと落ちてくる程度のもの。シンとした中で雪だけが宙を踊り、目の前に広がっている草っぱらが少しずつ白んでいく。口ではそんな雪を嫌がりながらも、冬の到来にどことなく心が踊っていた。
しかし、だんだんと空は真っ暗になり、風がビョービョーと不気味な音を立てはじめた。気がつけば、仲間も含めた僕ら七つの石の体に、甲子園のピッチャーが放つ球よろしく、ビシビシと雪の結晶がぶつかり始めたのだ。
僕は最初に目をやられた。目が雪で覆われて、視界が閉ざされていく。爺さんが僕らの頭に笠を載せるまでは動くわけにはいかないから、だんだんと覆われていく目元の雪をかき落とすこともできない。ただ、それも仕事のうち。動きまわるなんてルール違反だ、と僕は我慢をしていた。そんなわけで、僕の目の前はあっという間に雪によって真っ暗になり、触覚と聴覚ばかりがやけに敏感になっていった。ビョービョーという音のボリュームは上がりっ放し、ビシビシ当たる雪の結晶には痛みすら覚え始めていた。
「なあ!」
遠くの方から、仲間の呼ぶ声がする。実際には左隣に鎮座するヤマトだったが、雪の音が凄まじすぎて、まるで遠く離れた山里から叫んでいるかのようだ。
「今日はもう、爺さんも来ないんじゃないか?」
僕は黙っていた。喋るべきか、喋らないべきかを逡巡していたのだ。「なあ」とヤマトはもう一度言う。この日、仕事を仕切るのは僕の役割だったから、不測の事態のときには僕が対処の方法を考えることになっていた。僕が口を開くということは、その日の仕事を切り上げるという意味になる。そんなわけで、仕事の時間であれば、絶対に後者を選ぶべきだと考え口をつぐんでいた。

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