「カメさんの写真。綺麗なものがいっぱい詰まってる。海とか月とか空とか真珠とか珊瑚とか。たまに奥さんも写ってるね。綺麗な奥さん、」
「モデルをしているんだ。今でも頼むこともある」
「でも、生きている感じがしない」
「生きている感じ?」
「奥さんも、風景の一部みたい」
「そんなこと、ないよ」
皿の上はいつの間にか空になっていた。
「俺は床で寝るから。君はベッドを使って」
「床でいいよ」
「乙姫様を床に転がせるわけないだろ」
俺はアルバムを取り上げ、洗面所はこっち、と適当に部屋の案内を済ませて乙姫をベッドルームに押し込んだ。しばらくすると寝室から心地よさそうな寝息が漏れ聞こえた。
俺は簡単に夕食の片付けを済ませると、窓を開け、潮風を浴びた。部屋を照らす月明かりでカメラの点検を始める。
カメラはデジタルだ。朝から撮った写真を確認し、気に入ったものだけを残す。日課である。一日分の写真を眺めていると、時間をかけて少しずつ暗くなっていく海の姿が見て取れた。
乙姫の写真が目に飛び込む。彼女が海に入る直前の写真だ。空き缶も転がっているような砂浜と見慣れた海が、彼女がいるだけでルーヴルに飾られても劣らない絵になっていた。
それが今日最後の写真だと記憶していたが、写真はもう一枚残されていた。ぎこちない笑顔の乙姫が写っている。席を外していた隙に自分で撮ったのだろう。ピントは外れているし、指先で影もできている。しかし、翠玉よりも輝く瞳は俺を捉えて離さなかった。
俺はカメラを片手にベッドルームへ向かった。寝室には大きな窓があり、それを開ければ海とそこに浮かぶ月も見える。闇と混ざった海は竜宮城がある深海のように深く乙姫と交わるはずだ。
俺は寝息の聞こえるベッドから掛け布団を剥ぎ取った。トレンチコートを着た乙姫が不機嫌そうに目を閉じていた。
裸婦像を描く画家の気持ちがよくわかる。隠されたそれを暴きたいと思う好奇心と普遍的な美しさを残したいという衝動は抑えきられるものではないのだ。求めるのは芸術的な美である。
俺はトレンチコートのベルトに手をかけた。ボタンは留められていなかった。玉手箱の中身は何だっけ。白髪頭ぐらいなら喜んで受け入れよう。