小説

『放課後ファイトクラブ』平大典(『力太郎』)

「まあ。確かに」
「……私と関係あるのかな?」
「ああ、トーナメントね。いやあ、なんとも言えないね」
 自分でも歯切れの悪い回答だ。太郎が張り切っていたのは、間違いない。
「ちょっと不安なんだよね。私のせいだと」少し俯き加減に、憂いを含んだ表情になる。
「大丈夫だよ」口が勝手に動く。「桜木さんは、関係ないって。本人も言っていたし」
「そっか」桜木さんは微笑む。それだけで安心する。「また何かあったら教えて」
 踵を返した桜木さんは、そそくさと廊下の奥へ消えて行った。
 僕も太郎のことを言えない。
「翔太さん」桜木さんがいなくなった代わりに、背中に声を掛けられる。
 振り返ると、審判役の一年坊主が立っていた。「ちぃす」
「どしたんだ」
 一年坊主は、茶髪の毛先をいじりながら、頬を緩ませている。香水の甘い臭いが少し漂ってくる。「今の桜木さんですよね? やっぱかわいいっすね」
「だわな」
「そういや、桜木さんって、太郎さんが倒れていた日に部活さぼっていたらしいっすよ」
「理由は?」
「オレも桜木さんが太郎さんをボコした、っつーんなら、おもしろかったんですがね。体調不良ですって。次の日、ガッコも休んでいますし」
「そりゃ、桜木さんが太郎を倒すなんてのは天地がひっくり返っても無理でしょ」
「まあ、やばい状況っすから。これで、もうみんな太郎さんに仕返しができなくて、不完全燃焼。北野さんも、桐生さんも」
「そうだよねぇ」桐生君は口惜しいだろう。このままじゃ、ボクシング部の同好会降格は確定だ。「北野君はどうして?」
「だって、桜木さんにいいトコ見せたいっすもん」
「へ? なんで」
「北野さん、先月告白したみたいっすよ。振られたけど」
「あれ? 北野君って別のバスケ部の人と付き合っていなかったっけ?」
「進級してから別れたみたいっすよ」一年坊主は、つまらなそうな顔で前髪を指先でいじった。「じゃ、オレはこれで。来月の学園祭でライブやるんで来てくださいっス」
 一年坊主はヘコヘコと頭を下げて、どこかへ去っていった。

 
 一カ月が過ぎて、学園祭の時期が来た。
 驚異の肉体を持つ太郎は、全治二カ月の怪我を一カ月に短縮して全快した。
 学園祭では、一般公開に合わせて、各部が出し物を提供していた。軽音部はライブ、野球部はストラックアウト、という感じだ。

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