小説

『放課後ファイトクラブ』平大典(『力太郎』)

 将棋部では、将棋の打ちっぱなしをしているのだが、誰も寄りついてこない。
 教室の入り口に、『将棋部 将棋打ちっぱなし』と記載した手書きの藁半紙を張っているだけじゃ、人寄りがないのも当たり前なのだが。
 僕たちは、一般公開で賑やかな校舎内を他所に、誰にも邪魔されず、将棋を打っていた。
「ふむ、これよかっただろう。無駄な殴り合いも収まった」
 太郎の怪我以来、『放課後ファイトクラブ』のことを口にしている奴はいない。所詮、一過性の流行だ。
「太郎ちゃん、もうそろそろホントのことを言えって」太郎は、身体的には回復したものの、記憶が戻っていない、ということになっていた。
「なにがだ?」ウルフカットを卒業して、丸刈りにした太郎は将棋盤から僕へ視線を移す。
「怪我の理由だ」
「……覚えてない」太郎は将棋盤へ視線を戻す。
「太郎ちゃん、自分で殴ったんだろ」
 太郎は再び顔を上げた。今度は目を丸くしている。
「なんでだ」図星のようだ。
 想像しているよりも最強の拳だったのだ。自らの顎を砕くほど、強烈だ。
 太郎を倒したのは、彼自身だ。
 一応、桜木さんには確認してある。あの日の昼休みに、太郎は桜木さんの机にメモ書きを置いていった。体育館裏に太郎から呼び出されていたのだ。
『私が到着したら、既に倒れていて』
 驚きの余り、錯乱して逃げ出してしまったそうだ。
 桜木さんはどうしても揉め事は避けたかった。実は、女子の中で微妙な位置にいた。ある男の子を『振る』ということは、そいつを好きな女子たちから反感を買うこともある。しかも、先月告白してきた男子は、野球部の北野君だった。北野君の元彼女は、桜木さんにとって、中学時代からバスケ部で一緒だった親友だった。おかげで、かなりギクシャクしたと聞く。
 そんな苛烈な状況下で、どこかの男子が、桜木さんのために、太郎を怪我させたなんて話になれば、一大事だ。確実に女子からハブにされる。部活も続けられなくなる。
 幸い、なぜか太郎以外には誰もいない。手紙を見なかったことに、知らなかったことにすればよい。桜木さんは知らぬ存ぜぬで立ち去った。
 桜木さんも責めにくい。モテる女もまたつらいのだ。
 ところで、太郎は何をしたかったのか。告白などする必要はない。トーナメントで優勝すれば、自ずと好機は到来する。
 僕の見立てでは、桐生君と同じことをしたかったのだ。
 戦前布告。正々堂々と事前に。
 どうせ、気合を入れようと頬を叩こうとしたのだ。ただ、告白もしたことがない太郎にとっては、男子の本懐であり、一世一代の大勝負だ。というわけで、気合の一撃は、勢いがありすぎて、顎を砕いたのだ。
 僕の推測を聞いている間、太郎は目を瞑っていた。
「違う」太郎は静かに目を開く。「いや、半分正解で、半分不正解だ」
「なんだと」

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