小説

『放課後ファイトクラブ』平大典(『力太郎』)

「事前に宣戦布告しようと思って桜木さんを手紙で呼びつけたのも、緊張しまくっていたのも、事実だ。殴った理由が違う」
「なんで自分を殴った?」
「蚊、だ」
「蚊だと?」
 太郎は赤面した。「桜木さんを待っていたら、蚊が飛んで来てな。顎に止まったんだ」
「太郎君、まさか」
「緊張も相まってな。全力で顎をぶっ叩いちまった」
「馬鹿野郎だな、太郎ちゃん。蚊を潰すついでに、自分までとは」
 太郎は目を伏せた。「……誰にも言うなよ」
「言えるかよ、そんな話」
 実は、桜木さんにお願いをしていた。太郎が回復したら、デートしてやってほしいと。
 桜木さんには後ろめたい気持ちがあったようで、快諾を得ていた。桜木さんも、一ミリも女性が寄り付かない太郎とデートしても、敵を作ることはない。ノーダメージだ。
 だが、もう一つ問題がある。
 致命的な問題だ。
「翔太氏」太郎は歯を見せて嗤った。「俺は『力太郎』などではなく、『カ太郎』だったってことかな、ハハハ」
「ハハハ、じゃねえ」
 太郎のギャグは、なかなかおもしろくない。
 今のようにクソみたいなギャグを、桜木さんの前で連呼したら終わりだ。
 不安だ。
 僕の心配など露知らず、太郎は丸刈りにしてすっきりとした頭を掻いて微笑んでいた。

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