「なんだよ」事情を聞いた北野君は、頭を掻いた。「当の本人がそんな様子じゃ、もう駄目だな」
「そうはいってもねえ。解決はしたようで、していないよね」
太郎を倒した奴は誰か不明なままだ。
思うに、トーナメントに参加している奴らの目的は二種類だ。一つは、桜木さんとのデート。もう一つは、太郎退治。今回、太郎を倒した奴は、きっと後者が目的だったはずだ。
放課後の体育館裏という状況から、『放課後ファイトクラブ』のメンバーで間違いないだろう。
可能性はいくつかあった。トーナメントを待ちきれず、闘いを挑む。スパーリングをしていたら、ヒートアップして、つい顎に手が出た。
どちらにせよ太郎を倒した奴は、ジレンマに挟まれているはずだ。太郎に勝利したという事実、一方で反則という卑怯な手で倒した事実。
目の前にいる北野君の無念そうな表情を見る限り、犯人ではなさそうだ。
「太郎ちゃん、誰に倒されたのか、覚えてないって?」
顎を囲うように包帯をぐるぐる巻きにされた太郎は頷く。
丸顔に包帯を巻いてあるので、なんだかおむすびのように見える。
北野君に質問された日の放課後、僕は太郎が入院している市立病院へ面会に訪ねていた。太郎は、個室のベッドの上で寂しそうに仰向けで寝ていた。
僕の姿を見ても、声は出さなかった。顎が砕かれている、喋るのは難しそうだ。
「ファイトしたのか?」
太郎は頭を捻る。
「いつ退院するんだ?」
太郎はまたも頭を捻る。
このやり取りは、面倒だ。
「遊んでいたのか」僕は、ベッドの上にある将棋盤を指差した。
駒がぐちゃぐちゃに置かれている。
どうやら、独りで積み将棋をして、遊んでいたらしい。
「トーナメントはなくなっちまったらしい。残念ながら」
太郎は無反応だ。
俺は、将棋盤の上に駒を並べ始める。
「まあ、僕としては、どっちでもいいんだが。お前を見つけた北野君とかは大騒ぎしていたんだよ」
太郎は、ふがふがと呟いたが、何を言っているのかは不明だった。
どうやら、ヒントを得るのは困難だ。
「翔太君、太郎君の体調どうなの?」
太郎を訪ねた次の日、昼休みに桜木さんが話しかけてきた。
「へ」
ちなみに、彼女と話したことは一度もない。すらっとした肢体、才色兼備の女の子から話しかけられるのは、やはり緊張する。
この美貌に何人が撃沈したのか。そして、今後の人生で、何百人を撃墜していくのか。
「入院したって聞いたけど。翔太君って太郎君と友達なんでしょ。昨日、病院にも行ったんでしょ?」