小説

『放課後ファイトクラブ』平大典(『力太郎』)

 決まり、のはずだった。

 
 最強決定トーナメントが開催されることはなくなった。
 開催一週間前に、ある事件が発生したからだ。
 放課後になった一八時過ぎに、野球部の北野君と中藤君という男子生徒二人が部活を抜け出して、体育館裏を訪れた。二人はトーナメント出場者だったので、スパーリングをするためだ。
 だが、二人を待っていたのは、予想外の場面だった。
 太郎が地面に転がっていた。
 二人はすぐさま駆け寄ると、太郎は口から赤色の泡沫を垂らしていた。呼吸を確認すると、携帯電話で救急車を呼びつけた。
 太郎は病院に運ばれ、意識を取り戻したが、診断の結果、全治二か月の大けがを負ったことが判明した。
 太郎の顎は何者かによって、砕かれていたのだ。

 
「これで、トーナメントはご破算だよ」
 野球部の北野君はつまらなそうに呟いた。
 僕も両親から昨晩のうちに、状況は聞いていたが、北野君は朝一番に改めて子細を説明に来た。目的は判っていた。
「北野君、僕もなんで太郎が体育館の裏にいたのかは知らないぜ」
「そっかー」北野君はさらに深いため息を吐く。「原因がわかりゃ、トーナメントも開催できるかもって期待したけど。……まあ、それよりも問題は相手だ」
 北野君の指摘は理解できた。
「誰かが、太郎の顎を砕いたってことになるのかな?」
「抜け駆けして、誰かと戦ったんだと思う。まあ、そいつが太郎をやったにしても」
「顎、というか顔面への攻撃は反則だもんね」
「だから、名乗り出ねえんじゃねえかって。まあ、太郎君から直接聞けば、誰が犯人かはすぐに」
「いや、それがねえ。難儀なことになっていて」
 両親から聞いたところによると、太郎は意識を取り戻したが、なぜ体育館裏に倒れていたのかを全く記憶していないというのだ。意識が飛んだショックで、記憶も飛んだのだろう。
『放課後ファイトクラブ』のことを知らない太郎の両親は、太郎がふらふらと歩いていたら、不注意ですっ転んで、大怪我をしたと解釈していた。
 おかげでどうやら警察沙汰は避けられそうだし、『放課後ファイトクラブ』も露見せずに済む。

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