一年坊主は、ストップウォッチを押した。
「三〇秒、って今回も速攻だったな、太郎ちゃん」
次の日の放課後、僕たちはやはり教室で将棋を指していた。
「うむ」
桐生君は、開始一〇秒で四発をボディに電光石火で叩きこんだが、太郎のダメージは皆無。怯んだところで、太郎はゴリラのように左右の腕を大袈裟にぶん回す。桐生君も巧く逃げ回っていたが、凡庸なガキの腕とは、速度が違う。いよいよ避けきれず桐生君はガードをしたが、無駄だ。
最強の拳は、破壊力も違う。
桐生君の軽い身体は、ボーリングのピンのように吹っ飛んで試合終了。
「お前が強すぎるせいで、普通のタイマンをやめるんだとさ」
「……それでいい。これ以上やると、先生にも見つかる。それにエスカレートしていくぞ」
「正解だ、太郎ちゃん。既にエスカレートしてんだよ」
太郎は、ふん、と鼻息を吐いた。「マジか」
「今月末にトーナメントで最強決定戦だとさ」
「俺は出なくて」
僕は遮る。「強制出場だ。トーナメントは、無敗の太郎君に挑むというリベンジマッチも兼ねている」
「だろうな」
太郎は椅子の背もたれに体重を掛け、腕を組んだままむすっと押し黙った。
考え事を始めてしまった。だが、報告事項はまだ終わりではないし、俺も後には引けない状況だった。
僕は学年中の奴らからお願いをされていた。なんとか、最強決定トーナメントへ太郎を引っ張り出してくれと。
僕は太郎を引っ張り出す条件を提示した。
「優勝賞品は超豪華だ。桜木さん」その言葉を聞いて、太郎は組んでいた腕を解き、一瞬顔を歪めた。「とのデート」
太郎はまた腕を組みなおし、平時の仏頂面に戻る。「……そうか」
桜木さんは、僕らにとって高嶺の花であった。
良家の才媛で、女子バスケ部のエース。長い手足に、白く柔らかそうな肌。細い耽美的な目つき。学年内でも、容姿に自信のある男子が一〇人以上交際を申し込み、悉く断られている。
太郎の好みであることは把握していた。硬派を気取っている太郎も、彼女の名前を出すだけで、表情に動揺が表れるからだ。
きっとこの情報によって、トーナメント出場は決まりだ。