小説

『裏島太郎』木暮耕太郎(『浦島太郎』)

(うまい・・・)脳幹に染み渡るような衝撃を受けた。ただでさえ美味いであろう酒が、減量で極限まで高まった味覚を通過したのだ。青年は膝から崩れ落ちそうだった。

 やがて島が見えてきた。民家の明かりが所々に灯っていた。
 クルーザーは港につける、かと思ったが港を横目に島の裏側に回った。

 迎えの男が人目を気にするように警戒して降り、青年はその後に続いた。
 男の後を歩きつつ、冷静に考えてこの状況はおかしいと青年は感じだした。
 やはり、この町をフォーマルスーツとドレスアップした男が歩いているのはどう考えてもおかしい。

 クルーザーが止まった島の裏側はほとんど人の手が入っておらず、かろうじて道路が通っているようなところであった。今も月明かりがなければ歩くのも難儀である。

 何分歩いただろうか、この男に何かしゃべりかけても業務的な回答しか返ってこないため、すぐに無言状態になった。

 目的地はすぐにわかった。ポツンと薄明るい場所があり、近づくごとに低音が大きくなってくる。建物は一見すると民家のようになっているが、外門を開け家に近づくと地下に降りていく階段がある。男は先導して階段を降り、分厚い扉を開け、中へ手を差し出した。

 青年は扉をくぐり、表とのコントラストに目を疑った。
 地下は2フロアに分かれており、青年がいる上のフロアはステージを見下ろす形になっている。

 ステージ上ではDJが爆音を鳴らし、ダンサー達が腰をくねらせている。ステージの周りには若者がアルコール片手に体を揺らしている。暗いクラブ内を何本ものレーザービームが飛びかっている。
上のフロアはいくつかの小部屋に分かれており、部屋ごとに照明の色を変えている。どの部屋も薄いカーテンで外からはよく見えないようになっている。いわゆるVIPルームだろう。

 どうやってこんな辺鄙(へんぴ)な場所にこれだけの人間が集まった?明らかにきな臭いにおいしかしてこない。青年は腹を決めた。今の生活を抜け出せるなら、危険な橋でも構わないと。

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