小説

『裏島太郎』木暮耕太郎(『浦島太郎』)

「おい、ちょっと待ってくれ。もう大丈夫だ。失礼な態度をとって申し訳なかった。水をもらってなければ死んでたかもしれない、本当にありがとう。」ズボンをはたいて立ち上がり、紳士的な態度でふるまって見せたが、足元はふらついていた。

「おれはあそこの離れの島でクラブを営んでる亀梨ってもんだ。亀さんとでも呼んでくれ。それにしてもあんた、随分といいガタイしてるな。なにかやってるのかい?」

 亀梨は青年の体を上から下までなめ回すように見た。

 青年はこの町に暮らして2年になる。確かに船で20分ほどの場所に離島があり、人が住んでいると聞いたことはあったがクラブがあるとは聞いたことがなかった。便がいいとは言えない場所だが、秘密裏になにかやるにはうってつけの場所かもしれない。

 目の前のみすぼらしい呑んだくれが経営者とは到底考えられなかったが、本当の金持ちほど見た目にはわからないと聞いたこともある。まぁいい、この渇きと空腹を紛らせるならなんでも。

「格闘技やってるんすよ。興味なくても年末特番のイベントは知ってますかね。あれのダークホース枠をかけたトーナメントが来月から始まるんすよ」

「ほんとかよ・・・おれ格闘ファンでねぇ。じゃあ未来のスター選手に命を助けられたってわけだ!・・・そうだ、その大会の結果が出てからでいい、うちでセキュリティとして働いてくれないか。金は出す!」

 格闘ファンを名乗るなら自分の名前くらい知っておけ、と青年は心中で悪態をついたが、仕事の話は渡りに舟だった。日雇いで引っ越しや倉庫作業に入っているが、最近は登録者が増え仕事の回りが悪くなっていた。

「一度、お店に遊びにいっていいすか?」

「そうだな、命を助けられた亀は恩返ししないといけないな。ぜひ店に来てくれ、好きなだけ飲み食いしてもらって構わない。今夜9時頃、またこの場所でどうだ?使いの者に迎えに来させる。」

「ええ、ちょうど練習が終わった後ですんで、大丈夫です。」

 言われなくても今夜行く予定だった。減量中なので酒や食事を口にするわけにはいかないが、計量明けまで日をずらすうちに向こうの気が変わってしまっては困る。

 亀梨と別れ、青年は再び国道を走り始めた。

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