小説

『裏島太郎』木暮耕太郎(『浦島太郎』)

 そのとき、後ろから肩を叩かれた。「よぅ、来てくれたな。命の恩人。見違えるようだなぁ。」亀梨はすでに焦点が定まっていないような状態だったが、身なりは今朝方浮浪者も同然に砂浜に倒れていた中年と同人物とは思えなかった。

「こっちだ」といって亀梨は先導し、青紫のVIPルームへ入っていった。途中のVIPルームに目を凝らしたが、テレビでよく見るタレントを数名見つけた。こんなに不便な場所までなぜ・・・。

 青年が部屋に入ると、イェーイ、と煌びやかなドレスに身を包んだ女達がハイタッチを求めてきた。内心のざわめきをこらえ、この場に馴染むよう青年もテンションをつくった。亀梨は空いている席に座るよう促し、青年のグラスに酒を注いだ。青年が座ると美女が両脇についた。

「よし、改めて命の恩人がきたところで、かんぱーい!皆どんどん飲んでくれ!」

 部屋には八人ほどいて、入り口の脇にはボーイが立っていた。改めて顔を見回すと皆タレントと言われても疑う余地のない美女ばかりであった。

「格闘家なんですよね、うわ、胸板あつーい!」「今度からセキュリティで働かれるんですよね、やだーアプローチしちゃうかも」

 美女たちから次々と甘い言葉やボディータッチを受け、格闘技でマネーを稼ぎ美女を抱きたいというモチベーションが根本から崩れようとしていた。

(ここに来れば全てが叶うならおれの今の苦労はなんなんだ・・・)

 折れそうな心を見ないようにするため酒を飲んだが、結果的に減量に対する罪悪感が徐々に薄れて、ついにはなくなってしまった。

「青年、悩むな。人間はなんのために生きている?つまるところ快楽だろ。」

 心を見透かしたような言葉をはいている亀梨の目は遠くを見つめ、口角からは涎を垂らしていた。彼の隣の美女が優しい瞳で涎を拭いた。
 テーブルの上には白い錠剤が砕かれていた。

 こいつに頭がしっかりしている時間はあるのか?と青年は不安になった。

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