小説

『ピンクの雫』柴垣いろ葉(『アリとキリギリス』『さくらさくら』)

 もう前のように高く飛び上がるために自分の身体を支えたり、早く走ったりすることはできません。いつか手の平を空にかざしてみた時のことを思い出します。
 あの頃はまだ外で気ままに寝ていました。
 風が身体をやさしくさすり、上空には星たちが輝いています。今は、土しか見えません。
「これも冬を乗り切るためだ」キリギリスは泣いていました。
 小さな穴倉の中にいると、なんだか自分がキリギリスであるということが許されぬように感じられて罪悪感がずっと消えないのです。
 確かに外で寝ていた時も、寂しくて泣くことはあったけど、今はそれとは別の涙が流れてきました。
「なにを泣いているんだろう、おかしいなあ、僕もアリオ君たちみたいに強くならなくちゃ。」
 キリギリスは震えていました。
 冬の寒さのせいではありませんでした。

 

 次の日の朝、アリオ君がキリギリスの様子を見に行くと、キリギリスは穴倉の中で動けなくなっていました。
「キリギリス君。」
 アリオ君の声にキリギリスは、うっすらと目を開け、そして嬉しそうに言いました。
「見て、僕がこねた団子がもうこんなにできたんだ。これで、きっと冬をこえられる。 それにね。この身体を見てよ。まだ少し茶色いけど、君達と同じ綺麗な黒色に近づいてきたと思わないかい?それにすり減ったことで、小さくもなってきた。僕、とうとうアリオ君。アリオ君みたいになれるんだ。どんどん小さくなって、黒くなって、春にはとうとうアリになるんだ!」
 そう叫ぶとキリギリスは、ぐったりと地面につっぷしたまま、動かなくなりました。
 しばらくその様子をじっとみていたアリオ君は、動かなくなったキリギリスを巣穴の方へずるずると引きずっていきます。
「バカだなあ。キリギリス君。キリギリスがアリになれるわけないのに。」

 春がまた訪れました。
 あたり一面の温かい日差しがさしこみ、草花たちが待ち焦がれていたとばかりに顔をだします。
 土の吸い込んだ水はまだ冷たく、地面を濃い茶色に染めましたがそこから飛び出す緑の植物たちをより鮮やかにみせました。
 アリ達もまた、巣穴から次々と出てきます。
 かつての子アリ達は、もうすっかり大人です。そして後から、また新たな子アリ達が外の世界を見ようと一斉に巣穴から出てきました。

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