小説

『ピンクの雫』柴垣いろ葉(『アリとキリギリス』『さくらさくら』)

「アリオ君!他のアリ達にもほかの呼び方があるのかい?」
「うん。そうだよ。みな同じアリには違いないけど、区別するために名前があるのさ」アリオ君がそういうと、周りの子アリ達が次々と自分の名を言いはじめました。
「僕はアリ助」
「私はアリコ」
「おいらはアリ太郎」
「私はアリミよ。」
 それぞれが一斉に騒ぎだします。
 アリオ君は子アリ達をなだめながらいいました。
「僕らはみんなアリ。そしてみんな家族なのさ。」
「家族?」
 その新しい言葉の響きがなんとも美しく感じられたキリギリスは、しばらく家族という言葉を何度も口にして遊びました。
「家族は仲間でもある。助け合うものたちなのさ。」
「へえ!家族かあ!」
 キリギリスは周りの子アリ達を突然指さしながら言いました。
「君も家族、君も家族、そして僕も家族!ああ、なんて美しいんだろう。」


「おっとキリギリス君」
 アリオ君は、困惑する子アリ達を落ち着かせながら言いました。
「家族っていうのはね、生まれたときにすぐ近くにいた生き物のことを言うんだ。要するに、自分の命に気づかせてくれたのが家族さ。君が生まれた時、だれか近くにいなかったかい?」
「うーん。」
 キリギリスは思い出そうと目をつぶりました。しかし、何も思い出せません。キリギリスが生まれた時、近くには誰もいなかったのです。
 悲しくなったキリギリスは、わざとおちゃらけた調子でいいました。
「はじめて命に気づいたとき、僕は、風にのってやってきたピンクの雫にぶつかったんだ。だから僕の家族は空にいるのさ。」
 アリオ君はそれを聞いて、どっと笑っていいました。
「キリギリス君。そのピンクの雫は桜っていうんだ。桜は花だってさっきやっただろう?」
「花だって!なあんだ」
 キリギリスはわかっていましたが、大げさに驚き落ち込んでみせました。その反応がおかしくて、周りの子アリ達もクスクス笑います。
「なんだい。キリギリス君は、そのうち自分がピンク色になるとでもおもっていたのかい?」アリオ君の言葉に子アリ達はますます笑いました。

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