小説

『ピンクの雫』柴垣いろ葉(『アリとキリギリス』『さくらさくら』)

 紅葉した葉は、川の上にひらりと舞い降りると、そのまま森の下流へと流れて森をさらに美しく染めました。
 しばらくそのまま川原に寝そべっていたキリギリスは、近くの草むらの方で自分以外の生き物の動く気配を感じました。ずずう、ずずう、ずずう。何かをひきずるようなその足音が、ゆっくりこちらに近づいてきます。
 キリギリスがそちらの方に顔を向けると、そこには、一匹のアリが立っていました。よくみると後ろ脚が折れ、傷つき、けがをしています。
「どうしたんだい?けがをしているじゃないか。」
 キリギリスが突然大声をあげたのでアリは驚き、「ひっ」と声をあげました。
「お願いだから騒がないでくれ、静かにしてくれ」
 けがをしたアリは、なにかひどくおびえている様子です。
 そして、けがをした後ろ足を反対側の前足でさすりながらいいました。
「里から登ってきた人間に踏まれちまってな。この足はもう使い物にならねえ」
「大変じゃないか、すぐ手当しなくちゃ。アリオ君を呼んでくるよ。」
 そういうとキリギリスは今にも駆け出しそうに羽を広げ、四つん這いになると、走る姿勢をとりました。しかし、けがをしたアリが「待ってくれ、せっかくここまで逃げてきたっていうのに。やめてくれ、ほっといてくれ」と叫んだので、キリギリスは少し様子を伺うことにしました。
「どうして君は、家族のところじゃなくて、こんな川原へやってきたんだい?」
「家族だって?」
 けがをしたアリは、キリギリスの言葉に、ふっと一瞬笑みをうかべましたが、その口元はにがにがしくゆがんでいました。
「あいつらは家族なんかじゃない。使い物にならなきゃ仲間でもなんでも食っちまうのさ。あんたもいつかわかる時が来る。」
キリギリスには、なんだかわけがわかりません。
「ああ恐ろしい。殺されるくらいなら、俺はいっそ…」
 そういうと、けがをしたアリは、ゆっくり川に近づくと、なんとキリギリスの目の前で、勢いよく川に飛び込みました。
「アリさん!!」
 けがをしたアリは、みるみる下流へと流されていきます。
 あのけがでは、とうてい泳げません。それは、アリにとって死を意味します。
 キリギリスは、下流に流されていくアリを追いかけようとしましたが、さっきセミの死骸を思い浮かべた時のように、身体が震えて動けません。そのまま。けがをしたアリは、小さな黒い点となってとうとう見えなくなってしまいました。
キリギリスはなおもまだ震えが止まりません。
 けがをしたアリが最後に残した言葉を思い返し、アリオ君の顔を思いうかべます。
「アリオ君たちが家族を…」

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