小説

『ピンクの雫』柴垣いろ葉(『アリとキリギリス』『さくらさくら』)

 それがなんだか面白くて、笑われているキリギリスは、さらにとぼけてみせてはみんなをもっと笑わせました。

 楽しい時間はあっという間。あたりはもうすっかり暗くなり、アリ達は自分の巣穴へと帰っていきます。けれど、キリギリスには家がありません。
 少し坂になっているところを見つけると、キリギリスはその草の上に寝ころび、空に浮かぶ月を眺めました。
「家族かあ。」
 キリギリスはうとうとしながらも少し考えます。今日は満月です。その、何者も入り込ませる隙を与えないとでもいうかのような、完璧な球体が、キリギリスをなんだか不安にさせます。周りで輝く星たちの瞬きまでもが、今日は、まるでお前とは違うのだといいはなっているかのように思われるのです。
「ああ。」
 キリギリスは、たまらず強く目をつぶりました。そして、降り注ぐ光を振り払うかのように、緑色の手で顔を覆い、そのまåま朝日が昇るのを待ちました。

 次の日から、キリギリスは、自分と同じ姿をした生き物を探す代わりに、同じ色をしたものに注目するようになっていました。
そうすると、木の葉や地面に生える草たちが自分と同じ、緑色をしていることに気が付きます。


 そしてそれらは、キリギリスを歓迎するかのように、ゆらゆらと揺れていました。キリギリスはなんだか誇らしい気持ちになって、その緑の中を一目散に駆け出します。桜の木の枝にはもうすっかり緑の葉っぱが生い茂り、風のにおいは日に日に湿っぽくなっていきます。雨の降る日々を超えると、とうとう夏がやってきました。
 この頃になると、キリギリスは、アリオ君からいろいろなことを教わっていました。その中でも、ひときわ興味をもったのが「季節」の話です。キリギリスが生まれた季節は、春と呼ばれ、一番過ごしやすい季節であること。そして熱い夏が来て、秋になり、最後に冬が来ること。キリギリスは、それらを夢中になって聞いていました。世の中の仕組みを知ることで、自分もその一員であると自負できたからです。とりわけ、キリギリスにとって季節を意識するということは面白いことでした。
 中でも「春」をとても気に入ったキリギリスは、それを表現する言葉を組み合わせて歌を作りました。キリギリスは歌うことに魅了され、夏になっても「さくら、さくら」と歌っています。
 そんなキリギリスの様子は、周りの生き物達には呑気に見えて仕方ありません。
 とくにアリオ君は、歌ってばかりいるキリギリスにいら立ちを覚えはじめていました。ある日、アリオ君は広場で歌っているキリギリスを木陰に呼び出し、言いました。
「君は、いつまでも春や、夏のような過ごしやすい気候が続くと思っているんだろう。」 キリギリスはその黒い瞳にキっと睨まれ、ぎょっとしました。そして急いで言いました。
「そんな!君がおしえてくれたじゃないか。秋がきて、冬になるんだろう。」キリギリスは、できるだけ真剣さの伝わるような顔で言いました。

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