小説

『ピンクの雫』柴垣いろ葉(『アリとキリギリス』『さくらさくら』)

 その声は、とても澄んだ音を生み出しました。すこやかな振動が、あたりをやさしく包みます。それを聞いた黒い生物達は、さっきとはうって変わってキリギリスの方に目をやるとその美しい音に驚き、ざわざわと騒ぎはじめました。そして、その中の一匹がキリギリスに近づくといいました。
「なんてきれいな音だろう。」
「え?」
 キリギリスは、思ってもない言葉に動揺しました。自分でも今の音はほとんど無意識に発したものだったのです。それでも、何かが通じたことがうれしくてキリギリスはもう一度いいました。
「君たちは何をしているの?」
 すると黒い生物は、そのつやっぽい緑の身体を見て、ようやく事態を飲み込みました。
「君は生まれたばかりなんだね」
 そういわれて、キリギリスはうなずきます。
「僕はアリ。君はキリギリスっていうんだよ。」
「キリギリス?」
 キリギリスは不思議そうにきょとんとしています。
「僕はキリギリスっていうのかい?」アリは呆れて言いました。
「君は本当に何も知らないんだなあ。そうさ、君はキリギリス。そして僕はアリのアリオっていうんだ!よろしくね。」
 そういうとアリオ君は、光沢のある黒い手をキリギリスの方に向けました。キリギリスはしばらくその妖美な黒い肌見入っていました。そして、ふと自らの身体に目をやると、そこには草と同じ色をした緑色の手足があります。何となく自分の手をアリオ君の手に重ねると、


 アリオ君は満足げに笑みをうかべ、手を握り返し上下にふりました。
「これから生まれたばかりの子アリ達に、この世界の事を教える授業をするところなんだ。君もおいでよ。」
 そしてそのままに、キリギリスはアリオ君に手をひかれて子アリ達のいる広場へやってきました。
「それでは諸君。のびざかりの君達が立派な働きアリになるために、この世界の仕組みを勉強しよう!今日は自然について」
 そういうとアリオ君は、様々なことを話し始めます。
 朝が来て暗くなると夜が来ること。この草原のほかにも外には木々が沢山生い茂った森があり、山があること。そのほかにも、空や雲、かすみやきり、花や鳥、他の動物達のことまでなんでもおしえてくれました。
 キリギリスはそれらを小さな子アリ達と一緒に熱心に聞いていましたが、たまらずこう叫びました。
「すごい!君はなんでも知っているんだね」
「なんでもってわけじゃないけど大体のことは知ってるさ!」
 アリオ君は、みなの前で、少し得意げになっていいました。まだ若いオスアリです。下あごは鋭くとがっていて、自分の何倍もの大きさのものを運ぶこともでき、硬いものをちぎったりするのにも適しています。キリギリスはそんなアリオ君の下あごの鋭さに見とれながら、自分のふにゃふにゃとした口元をもごつかせつつ、言いました。

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