小説

『20年前のおやつの時間』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

 自由が丘に着いた頃に携帯を取り出して彼女にメールを打った。
―――俺の方からホームページを通じて申し込みした方がいいかなぁ?
 携帯を胸ポケットにしまって The Catcher in the Ryeを取り出して読み始めた。学芸大学駅に着いたところだった。胸に伝わった振動でメールが来たのは分かったけど、読み続けた。もちろんすぐ集中力を無くしたと思われたくないからだった。渋谷について一斉に人が下りたところで携帯を開いた。
―――私から連絡しても受理されないから、たっくんの方でお願いします。
 ショックだったけど、仕方なかった。僕は彼女の所属している事務所のホームページを開いて、ログインして予約申し込みをした。もう後には引き返せない。まぁ、最悪一万五千円を無駄にするだけだ。

 新宿御苑前駅に着いた時のは、3時2分だった。携帯を見ていると、震える携帯を手に取ると、非通知の電話が来ていた。彼女の所属する事務所からだろう。僕は電話を無視して三番出口から出て、携帯を見た。彼女からメッセージがきていた。
―――新宿門改札でたところにいるね
 新宿門改札というのがどこだか分からなかったから、一度地下に潜って駅員さんに聞いて、道路の向こう側に彼女を見つけたのは3時10分だった。しばらく遠くから見ていると彼女が携帯で誰かに電話をかけて、その直後に僕の携帯に非通知の着信。取らずに彼女に後ろから近づいた。
「やぁ」
 そう言うと彼女は少し驚いた顔をした後に、すぐ笑顔になった。就活の用事の後だったらしいけど、彼女は水色のワンピースにベージュのコートを着ていた。
「たっくん‼ 一瞬来ないかと思った」
 行かないことも考えていたよ。なんてもちろん言わなかった。最後となるだろう今日に何も彼女を嫌な気持ちにさせることもない。
「行こっか」
 彼女が体を僕に押し付けながら歩く。腕に胸の感触を感じる。柔らかい。彼女は、腕を組んで歩く時の胸の当て方が上手いと思う。こう言ってしまうと阿呆の様だが本当にそうだったからしょうがない。
「就活の後じゃなかったの?」
「うん、そうだよ」
「スーツは?」
「一回ね、コインロッカーにおいて着替えてきた」
「着替えなくてよかったのに……」
「なんで、スーツフェチ?」
 僕はスーツフェチではないが、彼女が来ている水色のワンピースよりはスーツの方が100倍いいと思った。
 チケット売り場で400円を払って、彼女にチケットを手放した。

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