小説

『20年前のおやつの時間』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

「好きだよ」
「私も」
 好きな人と初めて両想いになるには、24歳は遅すぎるのだと思う。19歳の僕だったら間違いなく天にも昇る気持ちだったはずだし、僕も手放しで喜びたかった。その代りに僕の心に広がったのは、生コンクリートのようにトロトロした灰色の不安だった。
「あたしね、名前の他にもう一つ嘘ついてたことがあるの」
「何?」
「誕生日、実は今日なの」
「え?」
 時が固まったみたいに、僕は静止した。理解できなかったから。なんで誕生日を嘘ついて4日ずらす必要がある?
「何で?」
「なんか、会社に言われてて、たぶん身バレ防止のためだと思う」
「ふーん」
「ごめんね」
 この時を境に、僕は意味もなく嘘をつくのをやめようと思った。僕はよく意味もなく小さな嘘をついた。それはなぜなら相手や自分を傷つけたくなかったからだ。例えば、自分の大学の学年を三年生と偽ったり、一浪して大学に入ったとかそんなことだ。僕は現役で大学に入り、今年は2年生をやっていた。
 理由のない嘘は相手に疑いを植え付ける。それは理由のある嘘よりたちが悪い。なぜなら理解できないから。
「たっくんさ、『宮田綾香』の誕生日に送ってくれたメールの内容覚えてる」
 すぐには思い出せなかった。人は他人の言った何気ない一言は覚えているが、自分の言った何気ない一言は覚えていないものだ。
「思い出した」
「時間かかったね」
 芝生は西日に照らされて、黄金に輝いていた。不意にカバンに入っている本のことを思い出した。
「私、幸せだよ」
 彼女がそんなことを言えばいう程、僕は不安になった。明日の朝に、すべてが嘘だったかのように目覚めて、全てが嘘だったというメッセージをもらうのが怖かった。
「彩世」
「何?」
「誕生日、おめでとう」
「ありがとう」

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