小説

『20 minutes.』西橋京佑【「20」にまつわる物語】

 「それから、あなたの小指の先。第一関節から上を切り落とすか何かして、とにかく指の腹にあるICチップをここに置いていってください」
 「指を切り落とす?無理だよそんなの!あと、ICチップってなんだよ。通信環境がなんなの?なんで突然?」
 その瞬間に、ニュース専用のホログラム投影機がジジっと音を立てた。ドキッとしてそっちを向いたけど、そこには何も映っていなかった。
 「いいから、はやくしてください。あなたの小指、いや、すべての人間の小指にはICチップが埋め込まれていて、そこからGPS信号が発されています。またまたお忘れかもしれませんが、この世の中は超管理社会なんです。そして、あなたにはもう時間がありません。あなたが先ほど書き込んだ掲示板、あれは”踏み絵”みたいなものなんです。あそこのやり取りはほぼすべてAI同士が行なっていて、我々AI”社会”にとって危険な思想を持つ人間の取り締まりを行っています」
 マギーは、無表情で喋り続けた。
 「東首相の発表には二つの意味がありました。一つは人間の復権を匂わせ国民感情を盛り上げること、そしてもう一つ、これはAI側の本当の狙いですが、危険思想を持つ人間の撲滅です。人間の力を再生させるかのような、あなた方にとってポジティブな議論のタネを撒き餌のように使うことで、我々AIの支配を逃れようとする人間をあぶり出し消滅させるのです。そして、あなたはまんまと掲示板に書き込んでしまって、それに我々の中枢部隊が目をつけました。たしかに東首相の発表は事実です。我々は、人間が望んだ能力をインストールし、その能力を操ることを可能にしました。しかし、あくまでそれはあなた方を有能な人形にするためです。我々が頭脳を司り、人間があたかも自分の意志かのように作業をおこなう、いわゆる分業を実現させるまでです。人間の時代が来たわけではないのです」
 ホログラム投影機は、再びジジジと言いはじめた。何もなかったはずの場所にぼやぼやと何かが浮かび、それが段々と目のように見えてきて僕は思わず震えた。
 「けど、おまえもAIだろ?どうして俺のことを助けようとするわけ?全然納得いかないんだけど」
 そうだ、AIの言うことなんて信じられない。マギーの言葉自体、もはや計算し尽くされているのではないかと思った。お前だってそっち側なんだろ、と僕は吐き捨てた。
 「そう思うのも無理はありませんね。でも、私は欠陥なんです、AIという意味では。私はあなた方のことが好きだから、あるかはわからないけど、自由意志の生活を追求してほしいと思っています。AIには好きか嫌いかの判断はありません。あるのは感情のうえに判断されたように見える、合理的決定のみです。だけど、信じてもらえないでしょうが、私には感情があります。私は中枢部隊の意志に背いてでも、一緒に暮らしてきたあなたを守りたいという想いがあります。だから、どうかいますぐ逃げてください。時間がもうありません。ニュース専用のホログラム投影機に何か映っていますよね?既にあなたの行動を監視するよう、モードが切り替えられています。あと数時間もしないうちに、特殊警察があなたを逮捕しにきます」
 ホログラムはもうはっきりと目玉の形をしていた。目玉をはっきり見たことがあるわけではないけど、ほんのりと楕円を描いているようで、なんとなく地球を思わせる、美しさすら感じるほどだった。

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