小説

『20 minutes.』西橋京佑【「20」にまつわる物語】

 臨時ニュースを知らせる独特の機械音が流れ始めたのは、ちょうど楽しみにしていた映画のオープニングが始まったタイミングだった。クローン化されて月面で永遠に働かされる、いかにも古き良きSFスペクタクルなその映画。僕はもう何度見返したことだろうか。なんの変哲も無い1日になりそうだったから、僕は嬉々として、ニュース専用のホログラム投影機に映し出されるキャスターロボに注目した。ボヤボヤと像が揺れているから、そろそろ修理が必要なのかもしれない。そんなことを思いながら眺めていると、キャスターロボは人間のように深々とお辞儀をして無表情で喋り始めた。
 「臨時ニュースをお伝えします。先ほど、内閣府から”能力販売”を4月24日より開始するとの発表がありました。販売は全国のスーパー、コンビニ、商店、自動販売機、インターネットなど、すべての販売チャネルにて義務化されるとのことです。“能力販売”についての詳しい説明は、5分後に東首相より行われます。繰り返し、臨時ニュースをお伝え…」
 ”能力販売”。その言葉に、僕は久々にドキドキしていた。AIだなんだと、技術発展があっという間に僕ら人間の生きる目的を奪い去ってから、もう何年が経っただろう。人間にフォーカスされた、今となっては“現実離れ”したその話は、面白いほどに僕の心を鷲掴んだ。そもそも、首相が国民の前にでてくること自体が久々じゃないだろうか。いまや、国政もなんにしても全部AIやロボットがなんとかしてしまう。『人間はどこへ行った?』がベストセラーになったのも、今や遠い昔のような気がする。また人間に脚光があたるのだろうか、そんな可能性がまだ残っていたのか。
 そんな夢想をしていたら、東首相の記者発表が始まっていた。東首相は、何年か前にAIによって当選させられた初めての首相だった。僕ら国民は知る由もない、内閣府のずっと奥の方にそのスーパー頭脳は眠っている、と言われている。眠っているというよりも、そこに“日本”が鎮座しているといっても過言ではない、と誰かも言っていた。東首相は操り人形そのもので、彼の発する言葉はすべてAIによって導き出されたものだという噂だった。
 しかし、どうやら今日のそれは、首相自身から発されているように思わざるを得なかった。発表の内容は、簡単に言えばこうだった。
 4月24日から、自分が好きな能力をどこでも安価な価格で購入することができる、そんな法令を敷くことにした。能力とは、英語やスペイン語といった言語能力だったり、貸借対照表を読む会計士としての能力やプロのサッカー選手の能力だったりと、とにかくありとあらゆるスキルのことを指している。
 これは、AIが圧倒的な市民権を得た均質的な日本社会において、改めて人間の力、多様性を認め合うために必要なものだ。AIはもはや国境をなくした。それと同時に、我々は自身を見失い始めている。個性とは何なのか、今一度問い直そうではないか。このプロジェクトは、国民誰もが望む人生を手にいれること、なりたい自分になることを憚れることのない、21世紀の”生存権”の強化策と言えるものである。
 今回の件は、国外へ情報が漏洩することのないよう限られた者のみで進められてきたもので、各流通業者や販売社に強制的に販売させなければならない性質から、超特別立法として明日17:00に法案化し、20日間の準備期間を以って開始される。

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