小説

『20 minutes.』西橋京佑【「20」にまつわる物語】

 「どうすればいいの?」
 「はやくICチップを取り出して、私を通信遮断モードに切り替えてください」
 通信遮断モードなんて聞いたことがない。しかし、マギーの無表情に少しだけ悲しみが差したのを見て、ようやくそれが何を指しているのかがわかった。
 各家に保管されている機密な情報が誰かにハックされそうになったとき、つまり非常事態のときに、ペットのAIを”破壊モード”に切り替えるのだ。そうすると、機密の情報にアクセスしようとしてくる外敵を、我が家で言えばマギーが徹底的に拒絶して、アクセス信号を破壊しつくす。しかし、それは一種のシステムの暴走だ。そうなったペットAIは、一生元の通りには戻らない。
 「マギーはどうなるの?」
 「さあ、どうなるでしょう。でも、もともと欠陥な訳ですからね。その欠陥が治ることだけは確かです、AIという意味では」
 そう言うと、マギーはモニターから消えてしまった。そして、画面には僕のたった一言に反応して”破壊モード”に切り替わることを表した、マイクとドクロマークのアイコンが点滅し始めた。
 僕は、ひどく困惑している。つい何時間か前までは、無機質なものに感情を芽生えさせる自分を責めていたはずなのに、心臓がトクンと打つたびに締め付けられるような物悲しい感覚になる。しかも、相手はよりによってマギー、AIだ。AIに頼らない人間中心の世界へと向かって、AIに打ち勝つ準備をしていたところを、AIの中枢部隊に見つかって僕は捕らえられそうになっている。それを救おうとマギーが僕に助言をして、もしその言う通りに動いて僕が助かったとしても、マギーは消えて無くなってしまう。マギーを助けようと思えば、僕は特殊警察行き。まるで、禅問答じゃないか。
 僕は、さっきまでパソコンで苦戦しながら作っていたマッピングを眺めた。こんな状況に、使えそうな能力なんて一つもなさそうだった。
 マギーが映っていた画面は、変わらず記号が点滅を続けている。ホログラム投影機に映し出された目玉は、ギョロギョロと上下左右斜めに動き始めた。きっと、僕の正確な位置をつかもうとしているんだろう。
 両手の親指で、確かめるようにそれぞれの手の小指の腹に強めに爪を立てた。本当にICチップなんて入っているんだろうか。なんとなく、僕自身がその爪に押し潰されてしまいそうな気がして、大きなため息をついて目を閉じた。
「めんどくさい」と呟き目を開くと、 僕は昨日も見たお気に入りの映画を棚から取り出して再生した。いかにも、古き良きSFスペクタクルなその映画。主人公が宇宙船の中で農作業するあの場面で、僕はいっそ寝落ちをしてしまいたかった。そうする代わりに、結局ソワソワを抑えきれず、マギーのモニターをスリープ状態にして台所に包丁を取りに行った。
 そこで僕は、思わず笑ってしまった。どっちの指に埋め込まれているのか、マギーは僕に教え忘れていたのだ。あいつは、どこまでいってもマギーだった。

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