二十分、父親と一緒に過ごして感じたことは、ぼくはもう父親にとって、異物でしかないのだという確信と胸の中心部を抉るような、鈍い痛みだった。ハーラン・エリスンの「鈍いナイフで」という名の短編小説を思い出す。あれの書き出しはどんなだったけな。たしか、そうだ。
「穴倉はパチャンガの祭りの真っ最中だった……」
ザズは素早くフロアを見渡し、見知った顔がないことを確認してから、男性用トイレの個室に飛び込んだ。抑えた脇腹からは血が零れ落ち、全身から吹き出した脂汗と混ざって、あちこち床を汚していた。そいつはザズにとって、八方塞がりなことをハッキリと示していた。目が霞みだし、涙が溢れた。スン、と鼻をすする音が便所に響く。しくじった。やり過ぎた。今回ばかりは、もう、どうにもならないだろう。これ以上ないってくらい汚染された便器にどっと腰を降ろして、迎えを待つ。買ったばかりのスーツが、台無しだった。血と汗と涙が、すべてを覆い尽くしていく。いやに時間の流れが遅く感じた。
おれは一体どうしたかったんだろうか。その疑問だけが、もう長い間ずっと、ザズの頭の中を占めていた。でも、そいつももうすぐ終わる。最期くらいは、くだらない無い物ねだりに、こっちから別れを告げてやる。目を閉じる。しばらくして、遠くの方から、聴き覚えのある音楽が聞こえた。
あれ、これ、なんて曲だったっけ?
六本木。しけたバーの隅っこに腰掛けて、相手を待つ。約束の時間はとうに過ぎていた。ここに座り込んでから、もう二時間は経つ。おれはいい加減痺れを切らして席を立った。便所から帰って、いなかったらやめにする。いい機会だ、と自分に言い聞かせる。フロアではいろんな人種がアホみたいに踊り狂っていた。
腕時計を見やれば、時刻は二十三時をまわっていた。
--ふざけやがって。
ざっと辺りを見渡せば、ほとんどのやつらは出来上がっていた。「ユー・キャント・ラン・アウェイ」の大合唱を横目に、便所の扉に手を掛ける。頭の上の方で、カラン、と耳障りな音が鳴る。目を閉じる。目を開く。目を閉じる。目を開く。何度やっても、同じだった。結局、おれはどこにもいても同じだ。
中に入ると、ひとつだけ便所の個室が開いていた。そして、やけにそこだけが真っ赤に見えた。さっき目に刺した、クスリの影響だろうか? いや、そもそもだ、これは開いていると言っていいのか?
言い方を変えよう。