小説

『20 minutes.』西橋京佑【「20」にまつわる物語】

 『良し悪しって?ワケ分かんね』
 良し悪しって、なんだろう。書いている僕ですら上手く説明できないのだから、誰も理解なんてできないだろう。でも、もっと感性に拠った、人間にしかできないことを僕は突き詰めたかった。AIがこんなに台頭するようになってから、ぽっかり穴があいたような毎日を過ごしていたから。
 リロードしても追いつかないくらい、僕のコメントがもう消えてしまいそうになるぐらいに議論は過熱していた。僕は、自分のコメントに返信をする形でもう一度書き込むことにした。
 『AIになんか満たされていないと思うけど。考えて、自分の感性に沿って自分が何をすべきかを判断して、新しい物事を生み出せる力、そういうものが欲しいです』
 これで終わり。僕は掲示板を閉じた。
 いつの間にか、自分がなにを期待しているのか、そういうものが少しずつ整理されたような気がした。僕はAIなんかに押しつぶされたくない。この時ほど、僕は掲示板の存在に感謝をしたことはなかった。

 今日が始まって20時間。すっかりと窓の外は暗くなっていた。
 僕はありとあらゆる情報源を改めて洗い、本当に自分にとって必要な能力がなにかをマッピングしていった。能力が消えてしまっても、その能力を持ったときに得た知識は消えないのではないかと考え、AIに打ち勝てそうな知識が得られる能力は何なのか、を考え続けた。
 言語能力はいらない。会計知識もいらない。スポーツ選手は人である必要もなくなるだろう。そう考えていくと、えらく選択肢が少なくなったようにも思ったけど、何も考えずにAIの発展を喜んでいるよりはよっぽど幸せのように思えた。
 東首相はいい仕事をした。政治のことなんててんで興味もなかったけど、自分の生活にものすごく身近なことが、しかもそれがすごくプラスなことだったら、こんなにも感情が変わるものなのだな、と自分で少し恐ろしさすら感じる。これだけ自分自身について考えたこともすごく久しぶりだった。それだけで、能力販売が始まる意味はある。少なくとも、僕にとっては。

 「あの」
 マッピングを眺めてぼーっとしていたら、少し震えたような声が後ろから聞こえた。驚いて声の方を向くと、消したはずのスクリーンにマギーが突っ立っていた。
 「スクリーン、切ってるのに。どうやって?」
 「お忘れかもしれないですけど、私はこの家のすべてと繋がっているんですよ。そんなことはどうでもいいんです、いますぐ通信手段を全部遮断してここから出てください」
 マギーは、もはやマギーではなかった。あのモタつきもマゴマゴも一切感じられない。

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