小説

『キリエの匣』三觜姫皙(『クネヒト・ループレヒト(黒いサンタクロース)』)

「よろしければ、またお会いしましょうって奇跡的に言ってくださっているからもちろん、おつきあいするってことで、お返事して良いでしょ」
 そんなに気に入ったのなら母が檜山さんと結婚すれば良いのに、なんて桐恵は思ったが、そんなことを言えば、母の機嫌が悪くなるのは目に見えている。桐恵が黙っていると、母は畳みかけるように続けた。
「お金が全てではないけど、人はお金がないと生きていけない。貴方も働いているけど、今のままの給料じゃあ貴方は一人では暮らしていけないし、いつまでも貴方も私も若いままではいられない。このままずっと家においてあげたいけど、いつまでも養ってもいけない」
 永遠とも続く長い母の主張に。桐恵はいつ終わるかと、そっとスマートフォンで時間を確認した。完全に救われた訳ではなかったが、時計を見ると、ちょうど職場から連絡が入ってきていた。
「はぁ」
 あの時は職場からの連絡で運よく逃れることができたが、好き勝手なことを言ってくる自身の母の言葉はもうたくさんだった。同僚で、5歳の双子の女の子の母親である嘉島にも毎日毎日、聞いてもいない子どもの話を強制的に聞かされるのもうんざりしていた。しかも、桐恵にとって唯一の希望でもあった直属の上司である主任の柊も長らく未婚だったのだが、この夏に結婚してしまった。それはいまだ結婚していなくて、子どものいない桐恵には追い打ちをかけていた。

「年齢とかを考えると、今度、事務室で結婚するのは九十九さんかな」
「つきあっている人とかいないの? 九十九さん、いつも大きなマスクで顔を隠しているけど、可愛い顔しているし、ゆるふわ系のパーマあてて、清楚系のスカートとか大人女子系のガウチョとか履くと、モテそう」
「ですよねー、1ケタ? ううん、2ケタくらい彼氏ができて……うちは高齢出産になっちゃうから相談しなきゃだけど、九十九さんに女の子が生まれたら、絶対可愛いと思います」
「そしたら、うちのドーターズが面倒みたりしてね。椎名(しいな)の家は私以外はまだ子どもがいないし、嘉島の家の他のうちの子はみんな、男の子ばかりだからつまんないってまぁもくぅも言ってるし」
 仕事には関係ないプライベートのことを推測され、押しつけられる。それは仕事で理不尽にキレられたり、的外れな注意をされたりするより苦痛だった。

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