スッと息を吸ってから、石川はそう言った。こちらを見て首を傾げる彼女を、僕はしばらく眺めていた。彼女は当然のことを、当然だという顔をして言った。ただそれだけだ。でもそれだけのことで、少し呼吸が楽になった。こうやって、他人の言葉によって、人は後悔に折り合いをつけていくのか。折り合いがつけられれば、もうこの記憶を、わざわざしまっておかなくてもいいだろうか。
「石川は、どうして蝶が、存在していることが、好きなの?」
「どれだけ違ってても、みんな何も思わないから」
「ん?」
「一番綺麗でも、変でも、どんな色でも柄でも、お互い何にも気にせずにただ共存してる」
高校生らしい発想だなと思った。石川は美人だけれど、美人は美人なりに悩みがあるのだろうか。そいうのには縁がないほうからすると、やはり贅沢なことだとしか思えない。
「それは人間の視点だ。蝶は蝶で、いろいろややこしいことがあるかもしれない」
「でも人間ほど優劣つけたりしないよ」
「まぁね」
石川が窓の外を見る。僕は彼女の目線を追った。空は曇。雨が降るかもしれない。天気予報はどうだったっけ?そう思ったとき、石川が呟いた。
「先生、話してくれてありがとう」
僕だけが、視線を動かした。
「どういたしまして」
「高校卒業したら、先生に告白してもいい?」
「できれば、二、三年経ってからがいいかな」
「五年も待てるの?」
「待てる?って・・・その頃には結婚して子供もいるかも」
「いい歳だもんね。そうなってたら諦めるわ」
「石川にだって彼氏がいるかも。むしろその可能性の方が高いかな」
「私は、五年なら待てるよ」
また、当然のように言って、石川はこちらを見る。僕は、可笑しくなって笑った。でも彼女は、何が可笑しいの?という顔をする。
「ごめん。本気なんだね?」
「そうだよ」
「それが可笑しいんだ」