小説

『芋虫の結末』和織(『LA CHRYSALIDE ET LE PAPILLON』ジョルジュ・メリエス)【「20」にまつわる物語】

 真理恵が死んだとき、まだ彼女を好きだったのかと、石川は僕にそう訊いた。それは、石川がそう思っているからなのだろうか。そう、見えるのだろうか。実際のところは、よくわからない。ただ、怖かった。今も、怖い。真理恵の死を実感できるようになるにつれ、恐怖の霧は濃くなっていった。真理恵はもう、僕の顔すら覚えていなかったかもしれない。生きていたって、彼女ともう一度会うようなことはなかったのかもしれない。それでも、取り返す機会を永遠に失ったのだという、その事実が恐ろしい。

 

 僕が教室へ入っていくと、石川はこちらを振り返って、すぐに顔を逸らした。
「来ないかと思った」
「そんな訳にいかないよ」
「仕事だもんね」
「そう」僕は彼女の正面に座った。「だけど石川に興味がない訳じゃない」
「・・・へぇ」
「本当だってば」
 石川は疑わし気に僕を見た。
「考えたんだけどさ、あの男は、芋虫が自分にとって誰より綺麗な女性になるってわかってたんだよ」
「は?」
「こないだの映画」
「ああ・・・」
「だけど、綺麗になった女性からしたら、自分の存在が芋虫でしかないってことに気づいてなかったんだ」
「・・・なんでそいう解釈なの?」
「男の気持ちが、先生にはよくわかるから」
 石川は僕をじっと見た。どうぞ、続けてください。という顔だ。
「先生が綾戸真理恵と会ったのはちょうど今の石川の歳だった。二年の最初のクラスで隣の席になったんだ。信じないかもしれないけど、告白してきたのは向こうだよ」
「それはそうだと思った」
「そうなの?」
 石川は無言で頷いた。
「・・・とにかく、まぁそういうことになったけど、先生はあんまり芝居のこととか興味がなくてね、というより、興味がないからって彼女の話を全然聞いてあげなかった。そういう、よくない彼氏だった、ずっと。フラれて何年も経ってから、どれほど彼女が自分の為を想ってくれてたのか、自分にとってどれほど大切な人だったのか思い知った。そうやって失った人が、自分から離れたところで、永遠に失われてしまった。っていう、情けない話」
 僕が言い終わると、石川はしばらく考えていた。悲しみも同情もない顔をしていた。ただ、彼女なりにきちんと考えようとしている。そう、わかった。それがわかるくらいには、僕は石川を理解しているようだ。
「でもそれ、後悔してないよりは、してる方がいいんじゃない?」

1 2 3 4 5 6 7 8