小説

『芋虫の結末』和織(『LA CHRYSALIDE ET LE PAPILLON』ジョルジュ・メリエス)【「20」にまつわる物語】

 石川の推察の通り、僕と綾戸真理恵は、高校から大学卒業の年まで、五年間付き合っていた。高校に入ったとき、彼女は既にモデルの仕事をしていた。でもその頃はまだ、特に目立つような存在ではなかったし、有名でもなかった。彼女が変わりだしたのは、芝居の仕事を始めてからだ。僕は彼女が一番変わった時期に、一緒にいた筈だった。それなのに、最後には彼女を傷つけることしかできなかった。そういう、ただそれだけの、昔の話だ。女優として有名になった真理恵の顔はいつでもそこら中にあるから、僕が勝手に、罪悪感に糸を付けて引きずるのをやめられないってこと。最初から、関わらなければよかった。そう思っても、全ては過去で、彼女はもう未来にはいない。そもそも真理恵が死んでいなかったら、この思い出がこれほど暗く重いものになることもなかった。もう、考えても仕方のないこと。だから思い出さないほうがいい。でもその仕方のないことに、人は捉われる。取り返しのつかないことには、終わりがないからだ。
 三年前、真理恵は高速道路の玉突き事故に巻き込まれて、婚約者であった脚本家と一緒に亡くなった。映画みたいな死に方だったし、真理恵とのことはもう十年も前のことだったので、初めのうちはその死を、フィクションにしか感じられなかった。しばらくの間、テレビもネットも、二人の死のニュースで持ち切りだった。真理恵の若い頃の映像もたくさん出た。僕が知っている頃の彼女、それを目にすると、別れたときのことが鮮明に思い出された。真理恵が別れを切り出し、それをただ受け入れた僕に、彼女は責めるような目を向けた。

『何で別れたいのって、訊かないの?』
『理由を知って、意味がある?もう真理恵の気持ちは決まってるんだろ?』
『そう・・・そうだね。何かあったって、いつも私だけなんだよね。私だけのことで、二人のことじゃない』
『何か言いたいなら、聞くよ』
『聞く?耳で聞くだけじゃ意味ないの。なんだってそうなんだよ。・・・でも、いつか考えてくれるかもしれないから、言っておく。私ね、一度でいいから俊夫に振り向いて欲しかったの』
『・・・・・』
『私を好きだった?』
『え?』
『好きだったことあるの?私のこと』

 真理恵は泣いていた。別れを切り出した本人がどうして泣くのだろうと、僕が考えたことはそれだけだった。きっと真理恵は急に大人になってしまって、僕だけずっと子供のままだったのだろう。どうせ、上手くいく筈なかったのだ。僕に彼女の言っていたことの意味が理解できたのは、その後何年も経ってからだった。

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