「やっぱりみんな綺麗な人間が好きなんだよね」
早く帰りなさい、と、見回りに来た僕がそう言うより先に、石川豊乃が冷めた声を上げた。教室は、飽き飽きするような青春染みたオレンジ色を宿していて、窓際の席に座った彼女の視線は、スマートフォンへ注がれている。友達がいない訳でもないのに、なぜか石川は一人で教室に残っていることがしょっちゅうある。スマホなんて、友達といるときでも、家へ帰ってでもいじれるだろうに。
「何見てるの?」
息が漏れないように気をつけながら、僕は言った。今日も少しだけ、話に付き合ってやることにする。そうすれば、石川は素直に帰るからだ。これが、ビシッと叱ることのできない要因だった。ちょうど彼女の、肩にかかるかかからないかのおかっぱみたいに絶妙なライン。そこにある薄い空白の部分。駄目なことや迷惑の、ほんのちょっと手前だ。だから僕は、彼女の髪が伸びるまで、ただただじっと待たなければならないようなもどかしさを抱えている。
僕が隣に座ると、石川は無言で自分のスマホ画面を僕へ向け、再生のしるしをタップした。意外なことに、彼女が見せてきたのは動画サイトにある古いモノクロ映画だった。フランス語表記と、(1901)とある。作者名は読むことができたけれど、タイトルはわからなかった。まず、男が出てきた。その男が、人間が一人入るくらいの楕円形の入れ物を用意し、それから笛を吹く。すると、芋虫が現れる。男は芋虫を自分が用意した入れ物へ入れる。その入れ物は繭だったようだ。繭に入った芋虫は蛹になる。そしてすぐに、蝶の羽を持った女性、それが妖精か何かは定かではないけれど、そういう「美しい」と定義されているらしいものに変わって、繭から出てくる。すると男は、今度はそれに布をかけ、人間の女性に変える。そしてその女性に求愛するが、最後には男自身が芋虫になってしまう。そういう、2分ほどの映像だった。
「ジョルジュ・メリエスが好きなの?」
僕は言った。
「やっぱりこれ有名なの?」
「・・・有名っていうか、これは、百年以上前の映画だよ。映画が生まれたばかりの時代のもの。わかってる?」
「蝶が好きなだけなんだけど。蝶が出てくる話とか、映画とか、そういうの検索して見るの」
好きなものを語っているにしては、あまりに表情を欠いたまま、石川は言った。
「そうなんだ・・・珍しいね」
「そう?生まれ変わりなのかも、私」