「付き合ってたの?」
石川が言い方が、まるで尋問だった。
「まさか・・・」
その先が続かない。迷っているうちに、嘘は形を成さなくなる。
「何もなければ、そんなに動揺しないよね」
石川は僕を見透かしたような目をした。夕日を受けたサーモンピンクの柔らかそうな頬の上に浮かび上がる表情は、とても十五も年下の女の子のものとは思えなかった。そしてこういうときの男は、大体において頭が回らないものだ。潜在的に、女性に対する後ろめたさが埋め込まれてでもいるように、無抵抗だ。
「ショックだった?事故があったとき」
顔を窓の外へ向けて、石川は言った。まるで、僕が答えやすくなるように気を使っているみたいだった。
「そりゃ、ね。知っている人だったから」たまらなくなって、僕は立ち上がった。「ほら、いい加減もう帰りなさい」
「死んだとき、まだ好きだった?」
僕は石川を見た。石川も僕を見ていた。その顔が、綾戸真理恵に変わった。駄目だ。一瞬でも、そんな幻想を見るものじゃない。わかってる。思い出すべきじゃない。
『好きだったことあるの?私のこと』
「・・・どうして、そんなことを訊くの?」
「わからないから確かめたいの」
無意識に呟いた言葉に答えたのは石川だけで、目の前にいるのも石川だけだった。
「何を?」
「先生の気持ち」
「確かめてどうするの?」
「わかんない。でも確かめないと、決められないから」
僕の部屋には生活感がない。必要を不必要に変えないようにはしているけれど、必要なもの以外を身の周りに置かないようにすれば、僕がいくらだらしなくても部屋はそれほど散らからない。これは、頭の中も同じこと。思い出さないほうがいいことをしまう箱も、ちゃんとある。だけど、記憶をしまうための箱は、記憶を消してくれる訳ではない。ずっと、鍵もかからずに存在し続けている。そしてそれを開けるきっかけを作るのはいつも他人で、タイミングは計れない。
今日の夕飯は、ビールと味付卵だけになった。カーテンの隙間から見える月を見て、石川の大きな黒目を思い出す。石川が、僕が見回り担当の日だけ放課後に残っていることは、少し前から気づいていた。でもそんなことは知らない。そういう事実はない。そうでなくてはならないのが現実で、それを守るのだって仕事のうちだ。金をもらうには、誠意がなくてはならない。