「疲れた。めんどうだ。お前を食べるのは、もうやめた」
オドロゲは息を切らして言いました。
でも、おとなしく帰るつもりはありません。
「かわりにのろいをかけてやる。お前の家族から一人を選べ。一生、そいつにふれることが出来なくしてやるぞ。だれにする?」
ゆみこは、「そんなのやだ!」と答えます。
「ならば朝までここにいて、さいしょに帰ってきたやつを食ってやろう」
化け物は、ゆみこの耳にささやきました。
「お前が窓を閉めなかったからだ。じいちゃんが先か、おまえの母ちゃんが先か。どっちがおれ様に食われるのだろうな」
オドロゲは開けっ放しの窓から入って来ましたし、柱神さまは柱にかかっていません。
朝になって化け物が自分から出て行くまで、どうにも追い払うことは出来ないのです。
ほほを伝う涙が止まりません。ティッシュで鼻をかむことも出来ません。
「出て行って。出て行ってよう」
ゆみこは、うずくまったまま叫びました。
くやしいのと、怖いのと、頭にきているのと、情けないのとで、心がかき乱されます。
子どもが泣き叫ぶのを見るのがうれしいのか、化け物はそこら中を跳ねまわりました。
「じいちゃんか、母ちゃんか、それとも……」
オドロゲは、ピタリと言葉を止めました。
動物がにおいを嗅ぐ時のような、鼻を鳴らす音がします。
「なんだ、これ。こんな小さな服、だれが着るんだ?」
化け物は、産衣を一枚一枚ひろい上げては、においを嗅いでいるようです。
「そうか、そうか。赤子がいるのか。女の赤子がいるのか。におうぞ、におうぞ。お前と同じにおい。さては妹だな」
オドロゲは猫なで声を出しました。
まるで大好物のエサを見つけた動物のようにはしゃいでいます。
ゆみこの口から、思わず化け物が飛びのくほどの大声が出ました。
「妹でいいわ! だから、早く出て行って」
「妹だな。それで、いいんだな」
「いいから、早くこの家から出て行ってよ」
するとオドロゲは、低くかすれた声でしめくくりました。
「決めたぞ。お前は、この産衣を着る女の子にさわれない」
へっへっへっと、満足そうに笑います。