「だって、本当にくさいもの」
ゆみこの目から、涙がこぼれます。
「こんなきゅうくつな格好はやめだ、やめだ」
オドロゲは急にわめき散らして、それまでかぶっていたぬいぐるみを破き始めます。
どうやって中に入っていたのか、天井に頭がつかえるほど背の高い、黒い毛におおわれた化け物が姿を現しました。
床の上で丸くなっているゆみこにおおいかぶさるように、化け物が体を折り曲げて立ちます。
ゆみこは腕と床のわずかなすき間から、毛むくじゃらの足を見ました。
おばあちゃんが毎日、拭きそうじしている床を、化け物から落ちる黒い油のようなものが汚しています。
体の下でお面が小刻みにふるえました。
柱神さまが、見るなと注意しているのです。
ゆみこはあわてて目を閉じました。
オドロゲはなんとしてでも、ゆみこの顔を上げさせようとしました。
まわりを飛び跳ねたり、顔を近づけてくんくんとにおいを嗅いだりして、少しもじっとしていません。
動くのをやめたかと思ったら、急にくさい息を吹きかけてきます。
生ごみよりもひどいにおいに、息苦しくって、ゆみこは思わず顔を上げそうになりました。
でも、息を止めてたえました。
いら立った化け物は、どんと足をふみ鳴らします。
ゆみこは床にしがみついて、体が浮かび上がりそうになるのをこらえました。
オドロゲが何かしてくるたびに、胸のうちに恐怖がつみ重なっていきます。
それでもゆみこはかたく目を閉じて、顔を上げません。
目を合わせると食べられてしまうので、必死にがまんしました。
どのくらい時間がたったでしょう。
それまで色々と手出しをしてきた化け物が、急に何もしてこなくなりました。
「そんなところで何してるんだ、ゆみこ」
おじいちゃんの声がします。
おじいちゃん、帰ってきてくれたんだ。
ゆみこがほっとして目を開けようとすると、手の中で柱神さまが動きました。
「だまされるな。目を開けるな」
注意してもらわなければ、あぶないところでした。
オドロゲはおじいちゃんそっくりの声まねをして、だまそうとしたのです。
オドロゲというのは悪がしこくて、ひきょうな化け物です。
おじいちゃんのまねだけではなく、ママやおばあちゃんの声まねまでして、ゆみこの目を開かせようとしました。
そのたびに柱神さまが声をかけてくれたので、化け物の悪だくみは一つもうまくいきません。
ゆみこも頑張りました。