小説

『ゆみこと柱神さま』はやくもよいち(『天道さん金の鎖』)

「外に出てはならん。たくさんの化け物が待ちかまえているぞ」

床に落ちたお面が、地の底からひびくような声を出しました。
さっきからゆみこに話しかけていたのは、やっぱり「柱神の面」だったのです。

「どうすればいいの」

勇気をふりしぼって聞き返しました。
七歳のゆみこにとって、ひとりでに話しかけてくるお面は、二階にいる化け物と同じくらい怖かったからです。

階段の方から、ひたっ、ひたっと足音がしました。濡れたモップを引きずるような音もします。
何かが下りてくるのに、階段はきしむ音を立てません。

人ではないからだ。

そう思うと、ゆみこの胸がぎゅっと絞られます。

「わしを柱にもどせ」

不安でいっぱいのゆみこは、柱神さまの声に引き寄せられるように近づきます。

「急げ。早く元どおりに」

ゆみこは床に落ちたお面の前に、転ぶようにしてひざをつきました。
足がふるえて、もつれてしまったのです。

「だめ。あんな高いとこ、とどかない」

自分で落としてしまったお面を拾い上げ、ゆみこは必死でうったえます。

「お前がこまいのを忘れておった」

柱神さまはため息をつきました。
木で作られた面に細く開けられた口から、声がします。

「柱にかかってさえいれば。化け物など、この柱神と面と向かうことも出来ないのだが。床に落ちていては、わしも力が出せぬ。仕方ないのう」

オドロゲが階段を下りて部屋に姿を現したとき、ゆみこは台所の床で手足をちぢめて亀のようにうずくまっていました。
決してオドロゲの目を見てはいけないと、柱神さまに教えられたからです。

化け物は悪いやつだと、神さまは言いました。
誰かが一人でいるところを見かけると、しつこく付きまとい、おどしたりだましたりして、うっかり目を合わせた者を食うのです。

化け物は天井に届くほど大きく、黒く、毛むくじゃらだそうです。
ゆみこは頭の中にオドロゲを思い描きました。
ぞうきんバケツの水をしたたらせた、不潔で巨大なネズミの姿が浮かびます。

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