小説

『ゆみこと柱神さま』はやくもよいち(『天道さん金の鎖』)

ゆみこのまわりの空気が、凍りついたように冷たくなりました。
化け物の「のろい」がふりかかったのです。
柱神さまも、手の中で小刻みにふるえました。

「忘れるなよ。お前はのろわれた。お前は妹にふれることができない。へっへっへっ」

オドロゲの愉快そうな声が遠ざかっていくと、重かった空気がすっと動きました。
心なしか家の中が明るくなり、暖かくなったようです。
ゆみこは、「ほっ」と息をつきました。

「もう、顔を上げて良いのだぞ」

柱神の声がしました。

ゆみこは頭をかかえてうずくまった姿勢から、床に手をついてゆっくり立ち上がります。顔を上げて、閉じっぱなしで疲れた目を開きました。

胸にかかえたお面が、激しくふるえます。

「いかん、いかん」

黒い毛むくじゃらの顔が、ゆみこの目の前にありました。

だまされた!

オドロゲが柱神さまの声まねをしたのです。
ゆみこを油断させて、自分の顔を見るように仕向けたのでした。

化け物の耳まで裂けた口の両はしが、ゆっくりと上がっていきます。
まんまとだます事ができて、うれしいのでしょう。へっへっへ、と笑い声が聞こえます。

とっさの機転でした。

もしかすると柱神さまが、ゆみこの右手を動かして助けてくれたのかもしれません。

いつの間にか、水玉もようのワンピースを着た女の子の顔には、柱神の面がかかっていました。

うれしそうに細められていたオドロゲの黄色い目が、驚きのあまり丸くなります。
そこに映るゆみこの顔――柱神の面――は、台所の柱に吊るされていた時とはまるで形相が変わっていました。

レモンの形をした、目じりの切れ上がった目。
何かに食らいつくかのように開かれた口。
見るからに恐ろしく、強そうです。

火山の火口のように深くて暗い両の目には、地の底のマグマのような赤い光が宿っていました。
くわっと開いた口からは、息をするたびに火の粉がふき出します。

「柱神さまは、かまど神さまじゃ」

おじいちゃんが教えてくれたとおりでした。

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