小説

『箱庭のエデン』沢口凛(『浦島太郎』)

「そうだよねぇ…。亀山さん、けっこう怒ってたみたいだし。あの人、滅多に怒らないんだけどね」
「あの三人、どうなるのかな?」
「もう、今頃は東京湾かもね」
「え!?そんなまさか…どうやって見つけ出したっていうのよ」
「この街は亀山さんの箱庭みたいなものなの。この箱庭の中にいる人間は、全員亀山さんの掌の上にいるのと同じ」
「俺らも?」
「もちろん」
 それにしたって…あの3人がもうすでに殺されているなんてこと、あるのだろうか。あれからまだ1時間も経っていないというのに。
 亀山がテーブルに戻ってきたのは、それからさらに30分ほど経ってからだった。その頃にはサユリとエリにうまく飲まされ、慣れない高級酒ですっかり酔いが回っていた宇田島に、亀山は笑顔で話しかけた。
「宇田島さん、楽しんでるかい?」
「亀山さん!俺、こんな美味いもん、人生で食べたことないっすよ。ちょっとチンピラをボコっただけなのに、ここまでしていただいていいんですかね」
「あんたがいなかったら、私は今頃、あの連中に殴られて大けがを負っていただろう。もしかしたら死んでいたかもしれない。命の恩人なんだから、どんな礼をしたって足りないくらいだ」

 その夜、宇田島は亀山の用意したホテルに泊まった。新宿で最も格式の高いホテルのスイートルームに。送迎には運転手つきのベンツが用意され、サユリは部屋まで同行した。あまりの厚遇ぶりに途中からだんだん怖くなってきたが、アルコールのせいで少し気分が大きくなっていたのと、何よりもサユリの甘い誘惑に抗えなかったのだ。
 目が覚めるともう昼近かった。昨日の出来事はすべて夢だったのではないかと思ったが、洗面所に人の気配がある。
「あ、起きた?」
 サユリの声だ。先に起きて、洗顔と化粧をしているらしい。美しい肉体をこの手に抱いた昨夜の感触が生々しく蘇る。やはり現実だ。あるいはまだ夢の途中か。
 しかし、いつまでもここにいるわけにもいかない。仕事は夕方からだが、その前に一度自宅に戻って着替えたい。ベッドの上から応えた。
「ああ、おはよう。腹が減ったね。何か朝ごはんを食べたら、僕は失礼するよ」
「え?もう帰っちゃうの?」
「そりゃそうだよ。今日は休みじゃないもん」

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