「いらなかったら残せばいいんですよ。遠慮せずに食べたいものだけ食べてくださいね」
こんな料理をどこで調達してきたのか。このクラブにこれほどの調理ができる厨房などあるはずがないし、こんな深夜に料理人が常駐しているとも思えない。
「この料理、どこで作ったんですかね?」
「近くのレストランから運ばれてくるんです」
サユリと名乗ったキャバ嬢はこともなげにそう答える。こうした接待はめずらしいことではないようだ。それにしてもあの小男は、一体何者なのか。
そういえば、店に入ってすぐに席を外した小男は、30分近く経っても戻ってこない。
「さっきの人は、どこにいるんですか?」
「さっきの人?亀山さんのことですか?」
「亀山さんっていう名前なんですか」
「そう。たぶん、事務所であちこちに連絡してるんじゃないかな」
「あの人、一体どういう人なんですか?」
「ご存じないんですね」
「さっき初めて会ったところですからね。実は最初、ホームレスかと思ったんですよ。服装がちょっと地味で薄汚い感じだったし。財布にお金が全然入ってなかったようだし」
「あははは!ホームレスかぁ!亀山さんは、現金なんて持ち歩きません。必要ないもの」
「そうなんですか」
「この歌舞伎町の街全体が、あの人の持ち物みたいなものですからね」
「え?どういう意味ですか?」
「亀山さんの職業が何なのか、私たちもよくわからないんです。でもあの人よりも上の立場の人って、この国にいるのかしら。あの人の言うことには絶対に誰も逆らえない」
「誰も?」
「そう。誰も。たとえば暴力団も。警察や、政治家や、マスコミも」
「よくわからないけど…。そんなすごい人が、どうしてあんな目立たない格好で一人で街を歩いてるわけ?」
「さあ…。危ないからボディーガードぐらいつけましょうって、みんな言ってるみたいだけど。権力を見せつけることには興味のない人だからなぁ」
いやいや。それにしたっておかしいだろう。ホームレスと見間違えるようなみすぼらしい姿で夜の街を歩く大富豪なんて。
「だったらさっきのあのチンピラたちは、とんでもない人にちょっかい出そうとしてたわけだな」