小説

『箱庭のエデン』沢口凛(『浦島太郎』)

 宇田島がタブーを犯したのは事実だった。あの11日間に体験した豪遊の痕跡を、他者に見せてしまった。しかし画像がネット上に公開されていた時間は30分にも満たない。亀山の支配力は新宿にしか及んでいないはずだ。広大なネット空間まで監視しているということはあるまい。このツイッターアカウントは、自分以外誰も知らないものなのだから。
 その考えは甘かった。
 翌朝早く、宇田島は警察に逮捕された。容疑は全く身に覚えのない殺人だった。
 2週間前、東京湾で相次いで打ち上げられた3体の遺体。いずれも死因は溺死ではなく、撲殺された後で海へ投げ込まれている。遺体発見現場近くの港で血のついた鉄パイプが発見されており、被害者の血痕と一致。そしてその鉄パイプに、宇田島の指紋がくっきりとついていたというのだ。しかも宇田島らしき人物が男達と争っている姿を目撃した人物までいる。一方、その夜の宇田島のアリバイを証明してくれる人物は一人もいない。すべての状況証拠が、宇田島が犯人であることを示していた。
 当然、宇田島は容疑を強く否認した。亀山という人物との出会いと、10日間に及んだ豪遊生活についても洗いざらい説明したが、警察はそのすべてを言い逃れの妄言として扱った。新宿で影響力を持つ人物に亀山という名前の者はいないという。
 宇田島はサユリの言っていた言葉を思い出した。亀山には誰も逆らえないのだ。
「そう。誰も。たとえば暴力団も。警察や、政治家や、マスコミも」
 宇田島に無実の罪を着せて、刑務所にぶち込むことなど亀山なら造作もないだろう。しかも3人を殺したとなれば極刑はまず間違いない。その3人とはおそらくあの夜、自分が亀山を守って痛めつけたチンピラなのだろう。
 これが、禁忌を破った自分への天罰なのか。警察の厳しい追及を前に、早くも宇田島は諦めていた。自分の人生は、こうして最悪の結末を迎えるのだ。あの夢のような10日間と引き換えに。
 いや、待てよ。3人の死体が発見されたのは2週間前。宇田島があのホテルで暮らしていた時期だ。亀山はあのときすでに、いずれ宇田島が約束を破ることを見越して、偽造した証拠をあらかじめばら撒いていたということになる。
 自分は一体いつから、あの男に操られていたというのか。留置場の天井に、亀山の不気味な笑顔が浮かんだ気がした。

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