小説

『最上階の女』芹井日緒(『ラプンツェル』)

いつになく慌てた魔女の叫び声で、新たな王子さまも姿を現す。
「先生、こっちです!」
「これは、駄目だ、もう息をしていない・・・」
 赤い箱が激しい勢いでぶつかっていったために、女がそのいきおいで倒れ込んでしまったらしい。それにしても、王子さまの慌て方が気になる。それに魔女の方も、気をそそるためとは言え、何だか仰々しい。たかが百姓女ではないか。私という姫がいるのに、そんなところで這いつくばっている女に皆でかまけているなんて。
 そのうちには、大きな白い箱が赤いランプを点灯しながら現れた。その音もこの塔の上までけたたましく響く。全くうるさいったら。私は上から合図を魔女にしてみたが、全く見えていないかのようにしている。ここに来て窓を閉めて欲しいのに、全くだ。
 王子さまが、私に振り返りもしないのも不思議だ。百姓女をあれだけ大切に扱っていると言う事は、彼もただの百姓男だったのかしら。それにしては、どこか風格がある。塔の上からだというのに、私は彼に何故か一目ぼれをしてしまった。それなのに・・・
 彼は百姓女と一緒に、赤いランプがくるくる回る大き目の白い箱に乗り込んで消えてしまった。なんということだろう。出会ったその日に、姫ともあろう私が失恋してしまうなんて。しかも、その相手は下々の者の様子である。

 その後も、バタバタと廊下を走る音がする。ネズミでも大発生したのだろうか。前にもこういった事がなかったとは言えない。ぐいぐいと強靭な生命力で増殖し、彼らはこの塔も蹂躙してしまうのか。それもこれも魔女の管理が行き届いていないせいだ。こんな事では、先が思いやられるというものだ。

「お騒がせしましたね、葵さん」
「ひどいわ。何があったのか知らないけど、私のことをほったらかしにするなんて」
「大変残念なことが起きましてね、ほったらかしなんてしてませんよ。ほら、こうして今もすぐそばにいますでしょう」
「ところで、あの百姓女はどうなったのかしら?ぺたんこのアマガエルみたいになっていたようだけど」
「残念なことに、真木さまは亡くなられました。車にひかれてしまったのですよ」
何が残念なものか。たかが百姓女ではないか。それにしても、あの遠目でもステキに見えた方はどなただったのだろう。
「あの王子さまはこちらにはいらっしゃらないの?」
「ええ、ええ、あの方は救急医ですからね」
「救急?」

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