小説

『最上階の女』芹井日緒(『ラプンツェル』)

 私は恥ずかしくて布団の縁に、顔を埋めながら返事をした。それにしても、他の者たちは、さっさと、いとまごいをしてここを立ち去らないのかしら。やっと会えた私たちを、二人きりにして欲しいのに。
 彼の手が私の首に触れ、胸をまさぐると、恍惚の喜びが私を襲ってきた。ああ、とても幸せだ。この一瞬だけをずっと夢見てきたのだ。もう、周りに誰がいようとも少しも気にならないわ。私たちの気持ちがひとつならそれでいいのだから。
「吹き込んだ雨で風邪をひかれ、肺炎を起こされたようです・・・」
 王子さまが、魔女たちに私への気持ちをとくとくと説明してくれている。残念だが彼らは納得するしかない。
「葵さん、私が見えますか?」
 彼が尋ねる。喜びのせいか、段々ぼやけてくる彼の姿や声は、この塔を包む木々のさざめきや、小鳥の鳴き声や、吹き抜ける蒼い透明な風と一体化していく。すうっと身体から全ての力が抜けていき、どうしたのだろう、私は呼吸の仕方が分からなくなった。

 それから、王子さまの声が静かに、塔の中を流れるのを脳が聞いた。
「ご臨終です」
 魔女たちも呟いた。
「葵さんはお幸せな方でしたわね、微笑んで眠るような最後でした」
「本当に。99歳までお元気で、最後までこのホームでの生活を楽しんでいらっしゃいましたものね」

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