小説

『最上階の女』芹井日緒(『ラプンツェル』)

「これならいいかしら?」
 ポプラの葉っぱを編み込んだセーターに身を包み、金色の長い髪をストールのように首に巻き付けると、魔女からオッケーサインが出た。それから、下の方に移る。目線を下方へ動かしてみると、何だか私の足は枯れ枝のように細い。魔女に美食させてもらえない日々となれば、まあこの足の細さの結果は頷けるものだ。その足の付け根には、くしゃくしゃした紙で出来た下着が重そうに収まっている。これも、魔女の方針なので仕方がない。私は、昔履いていた、さらさらとした絹の感触を思い出しながら、それを紙で出来た新しいものに履き替える。その後も、プリーツのひらひらしたスカートが却下されて取り上げられる。諦めてふわっとした土色のスラックスを履き終えると、魔女はようやく、今日の私の衣装に満足したようだ。
「準備は出来ましたね。それでは、下の階へ行って、お食事と軽い体操をしましょうね」

 食事も修行も、つまらないものだった。前菜はこの塔近くに生えているコケのピクルス。スープはヒキガエルの味がしたし、メインディッシュにしても、魔女が射落した哀れな燕をグリルでパリッと焼いただけであった。修行はもっといけない。手を左右に振ったり、痛む膝をわざと伸ばすよう指示されたり、全くついていけない。私をこんなに虐めて、魔女はそんなに嬉しいのだろうか。

 ようやく、朝の試練から解放されて、私が塔の最上階に戻れる時間になった。
「葵さん、予報通りに午後からは良いお天気ですよ」
 どういう風の吹き回しかしら。塔の窓を魔女が開けてくれたので、久しぶりに新鮮な空気を吸う事が出来た。塔から眺める下界は、まるで箱庭のよう。人間が蟻のように見える。きれいに磨かれたカラフルな四角い石は車という動くものらしい。蟻のような人間が乗り込んで操縦すると、彼らは意志を持った生き物のように意志を持って動き出す。確か少し前までは嘶く馬が動力であったはずだが、最近では王子さまもこの箱に乗って現れるようになった。
 遠くに見える山々の向こうには、かつて私が住んでいたお城もあるに違いない。悲しいことにここからは、霞んでよく見えない。もっと遠い国のお城から、王子さまたちは旅をして来るのだという。どこの国の王子であっても、私に選ぶ権利などはありはしない。私の好みとは全く関係なく王子さまたちはやって来る。仕方がないわ、魔女が気に入ればそれでいいのだから。
 王子とは、どういうものか放浪する生き物のようだ。じっとしていては、美女に巡り合う可能性が少ないからかも知れない。白雪姫の王子も旅をしていなければ、小人の住む深い森の中の、ガラスのお棺に入った白雪姫を探し出すことなんてきっと不可能だったに違いないのだから。

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