点の上に立って、つぎの点へと石段を飛ぶように、跳んでみる。
ふくらはぎから腰、背中のあたりにとてもやわらかなばねが備わっていることを、わずかに信じて。
それをなんどもなんども繰り返す。
あの点のむこうのほうにとても大事なものが待っている気がして、そこまでたどりつくまで、跳躍を続けようと思いながら。
だいじなものって? こころのなかで言葉が響く。
だいじなものって・・・。
そうやって、たったひとりで跳ねるスキルを磨くべく、励んでみたりした。
海の中で聴く音は、ぶわぶわっと聞こえる。
耳がとつぜん遠くなったみたいになることが面白くて、そんなことを繰り返していたある日、溺れそうになっていたわたしを助けてくれた太郎と出会った。
白髪の太郎は、「きみを助けてあげてもいいよ、でもひとつだけ約束してくれないか?」と幼子だったわたしに訊ねた。
太郎の髪の毛は確かに白っぽかったけれど、身体はなんとなくみなぎっていた。そして声が好みだった。少し掠れていて、喉ぼとけが船の錨みたいに上下した。
太郎はわたしの目を見て少しだけ、腰から下に視線を移動した。それでもなにごともなかったかのように、云った。
「たとえば、きみを助けたとして恩を仇にして返すとかしない? ぜったい?」
おんとか、あだとか。わたしははじめて聞いた言葉だったけれどその音からいって、とても心地よさそうだったので、わからないままに取引に同意したくなっていた。
わたしは幼子だったけれど、こころはすでに幼子ではなかったのだ。
それに太郎があんまり困っていそうだったので、うんうんとただ首と尾びれをひらひらさせながら、頷いてみた。
その顔を見ていた太郎は少しほっとしたような笑みを浮かべた、と、思ったらなにかを急に思い出したかのように畳みかけた。
「それと、もうひとつ。玉手箱とか持ってないよね? どっかに隠してたら僕はもう君を助けてあげない。わかった? 知らないと思うけれど僕は玉手箱のトラウマがあるからさ」
そう云いながらわたしの肩に手をすっと掛けて、うしろを振り向かせた。
大丈夫そうかな、今回は、ってひとりごとが聞こえてきて、わたしの肩に手をふれるとくるりと前を向かせてくれた。