小説

『銀の鱗と蝋燭と』もりまりこ(『赤い蝋燭と人魚』『浦島太郎』)

 わたしも一緒に行くからって云ったのに、太郎は人魚であるわたしをあまり人目に曝したくかったらしい。
 わたしのロウソクは、ほどなくして店に並ぶことになった。<人魚のろうそく>と名付けられると、観光客や地元の人がその店に足繫く通うようになった。
 描いたお礼と売り上げの3割ほどをもらうようになった。
 朝起きると、ポストの新聞の上に六角形の箱が入っていて、そのフタを開けると、そこにロウソクが入っている。
 朝の早い太郎といっしょに朝ご飯を食べることはできないけれど、朝食を終えると、ロウソクのペイントにとりかかる。
 今日は<ヒレジャコ>にした。
 身に着けたこともないようなドレスの裾を思わせる白い襞にうっすらと淡い桃色のグラデーション。
 太郎にその貝の名前を教えてあげた時、酒のアテみたいな名前だねって笑ってた。太郎は出会った時よりも、よく笑うようになった。それがなんとなくうれしくて、笑う度に喉ぼとけの錨が上下するのをうっとり頬杖ついて、眺めている時間が好きだった。

 日々はそうして流れてゆく。太郎は太郎でおそろしい女の人に年を取らされた罰のことなど忘れてしまっているようだった。
 テーブルの上に六角形の箱があっても、<玉手箱>のことを思い出すことはなかったみたいだし。あのトラウマっていう症状にも患わされることもなくなっているようだった。少しだけ面白いのは、太郎の髪の毛の黒い部分が増えてきていることだった。つまり若返っていたのだ。
 ただそれとは逆にわたしはすこし疲れていた。からだの鱗が、ときどきわけもなく抜けてしまう。フローリングの床には、歩いた道筋にそってきらきら光る鱗が落ちていることがあって。それに気づくと太郎はゆっくりとしゃがんで拾うと、黙ってコルクボードにくっつけていた。
 
<人魚のろうそく>はいつしか、漁師仲間の間でお守りのような役割をするようになっていた。この燃えさしを身に着けて漁に出ると、たとえ嵐の夜でも嵐に出会うことはなく生きて帰れると。
 はじまりはそんなことだったけれど、その話に尾ひれがついてそれは不老長寿のお守りとしても、重宝されるようになっていた。
 忙しさが募るあまり、1本描き終えるとソファに横になることも多くなっていた。おるふぁんに送られてくる箱の数が日を追うごとに増えていた。
 その日、おるふぁんはまだ描いたことのない大作に挑んでいた。

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