小説

『最上階の女』芹井日緒(『ラプンツェル』)

 塔の上に幽閉された私を探し出すには、やはり旅をしてくれないと駄目なのだ。そして、上を見上げて、私を見つけ出して。長い間夢見て来た理想のお方がきっといつか現れる。そうすれば、この長い髪の毛を、躊躇なく投げ出してみせようではないか。恋に落ちて魔女に見つかってしまったら、そしたら、旅に出るのだ、今度は二人で。

 そうこうしていると、青い石ころから手を振る人が見える。期待に違わず、王子が現れたのだ。私は長い髪の毛を差し出して、彼を塔の最上階に招き入れた。
「こんにちは、葵さん。お加減はいかがですか?」
「加減もなにも、私はいつも調子よくてよ」
 おずおずと私に手を差し伸べ、彼は私の左腕に布状の物を巻き付けていく。愛の印のブレスレットにしては少しチャチな気がするが、文句は言わないでおこう。彼が、ボタンを押すとピッピと音が鳴り始める。どうやら、最近の宝飾品は音が鳴るのが主流らしい。そこには、私の美しさを表す数字が示され、王子さまはその数値に満足したようだ。そそくさとそれを片付けると、今度はゆっくりと私をベッドに仰向けに倒していく。いけない王子さま。

 めくるめく王子さまとの時間が終わると、慇懃な表情で魔女が姿を現す。
「いかがですか?王子さま」
「ええ、ええ、、何の問題もありません」
 王子さまは大層私に満足されたようで、微笑みながら部屋を後にする。
「また来ますね」
 それは、無理なことを私は知っているけれど、口には出来ない。この部屋を出た途端に魔女があなたをコテンパにしてしまうなんて。口が裂けても言えない。不老不死の素は、獲物の王子が持っている。可哀想な王子さま。魔女はあなたが持っているそのエキスが欲しいだけなのよ。あなたは私に会いたいだけなのに、何と世の中は上手くいかないのかしら。若い王子がもたらす時間の巻き戻しが、魔女にはどうしても必要なのだ。多分、私にも。

 ―何て不条理なのかしら
 澄んだ青い空を見ても、気持ちが曇ってしまうこんな日は、どうして過ごしたらよいのかしら。そんな事を考えていると、下界では小さな事件が起こっているようだ。
 蟻さんたちがわらわらと、散らばったりくっついたり。何かが起こっていることは間違いない。
「大変、真木さまが、急に道に出てしまって!」

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