ユキコ先輩が珍しく大きな声で急かすので、わたしは慌ててパソコンからあらゆるケーブルを引っこ抜き、ユキコ先輩が広げたティッシュの上でぶんぶん振った。茶色い雫がぼたぼたと垂れてティッシュを染める。あっという間に汚れていく。今日のわたしの気分みたいに。
「先輩」
「何」
「このティッシュ、部長のですよね」
「うん」
「これ『鼻タオル』ですよね、ひと箱三百円くらいする高いやつですよね」
「いいよ。部長、これ経費で買ってるから」
「え、ずるい」
「だからいいんだって」
ユキコ先輩がくすくす笑う。いつもは隙なく決まっている赤いルージュやきりっとしたアイラインが珍しく縒れていて、十は年上のはずの先輩が急に幼く見えた。周りにはもう人気もなく、わたしは体も頭もくたくたで、だからつい尋ねた。
「先輩、わたしのこびと見えるんですか?」
その瞬間、先輩の顔は限られた照明でもはっきりとわかるくらいに強ばった。
「何の話?」
びりっとかすかな音も静かなオフィスではよく響いた。先輩がティッシュの束を握りしめて引き裂いた音だった。
「あの、えっと、それ」
わたしが指差す先輩のジャケットの右ポケットから、わたしのこびとがぽてぽてと転がり出てわたしの足元にすがりつく。おかえり。先輩は一瞬、わたしの足元に目をやる。
「みっちゃん」
「はい」
「……パソコン乾いたら、資料、私にメールで送って、そしたらもう帰っていいよ。あとはやっておいてあげる」
にっこり微笑む顔はいつもの、おしゃれで美人で頼りになるユキコ先輩で、だけど視線がぐらぐらと揺れているのがわかった。
先輩のジャケットの左のポケットから、ひとりのこびとが顔を覗かせている。見慣れないその顔はデスクライトに照らされて青ざめて見える。
「みっちゃん?」
このひとには、こびとなんて必要ないのだと思っていた。