がたん。車両が傾く。おっさんの白髪が鼻の頭を掠め、腰に刺さるような激痛が走り、右足と左足を同時に踏まれ、ついでに尻を揉まれた。
限界だ。
こびとが死ぬ。両手両足および頭部を同時多発的に押しつぶされて、ぐっちゃりと。
「風み野、風み野」
扉が開き、降りる客も降りたくないけれど流された客も一気にどっと電車から吐き出される。流れ込んでくる外の空気がぴりっと冷たくて肩をすくめた。冬から春への変わり目のこの時期、車内はすでに熱気で暑いくらいだ。
随分人の少なくなった車内のあちこちに無数のこびとの体が転がっている。つり革につるされ、網棚の荷物に押しつぶされ、革靴に蹴飛ばされ、ドアに引き込まれて潰れていく。人知れず生まれては消えていく阿鼻叫喚図、見慣れた地獄。
世の中には二種類の人間がいる。こびとを殺される人間と、殺す人間だ。
「深森、深森」
ホームと電車の間の深く暗い隙間を大股で飛び越えながら鞄を覗き込む。こびと五人は鞄の中で丸くなっている。
カウント、残りファイブ。
更衣室でトレンチコートを脱いで、やっちまった、と気が付いた。
春物の薄手のスカート。印象派っぽい鮮やかな色合いに一目ぼれしてセール品でもないのに買ってしまった。会社で着るには少し色が派手すぎて丈が短すぎるからプライベート用にと思っていたのに、どうして会社の更衣室でそれを着ている自分が鏡に写っているのだ。数時間前の自分の寝ぼけた頭を張り倒したい。あるいは気がついてしまった今の自分を。
鞄から抜け出したこびとが、ロッカーに向かって勢いよく頭を振る。
待て待て。慌ててこびとをつまみ上げ鞄に放り込む。これくらいのことで死なれていては今日がもたない、勘弁して。せめてもの気休めに、肌色のストッキングを黒に履き替えて更衣室を出た。春先にしては野暮ったい組み合わせ、これくらいでちょうどいい。
「おはようございまあす」
口角をいつもより強めに引き上げて声を張ると、ふたつ隣の席のユキコ先輩がディスプレイから顔をあげた。
「おはよう、みっちゃん。……スカート、いいね、春らしくて華やか」
そら来たぞ。わたしはさらに口角をあげ、反対に眉を下げる。
「はい、この間一目ぼれして買っちゃいました、あ、でも、セールだし安物なんですけど」
